対話をベースにしたコンセンサス形成のプロセスの大切さ

多数決は最後に使う手段。対話をベースにしたコンセンサス形成のプロセスの大切さ。そこでの同意の深度。 この大切さがさまざまな場面で軽視されすぎているのではないか。もちろん、自分も例外ではない。民主主義のベースにあるのは多数決じゃなくて対話。 政治だけじゃない教育の場面非営利組織の意思決定福祉を使う場面職場の運営家庭や子育ての場面でも(…
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障害は「あいだ」にある。個人の側でも社会の側でもないのではないか?(「ほんの紹介」73回目)

2014年3月の「たこの木通信」に送った原稿。たこの木通信のB5の1頁分に収まらなかった部分も掲載。この話はもう少しちゃんと考えて、まとめてみたいと思う。いつもは掲載したタイトルをそのままブログのタイトルにするが、今回は変更した。~~以下、原稿~~「あいだ」について『「かかわり」の社会学』から(その2)(「ほんの紹介」73回目)  先…
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『スモール イズ ビューティフル再論』読書メモ目次

先日の「折々のことば」(朝日新聞)で『スモール イズ ビューティフル』から紹介されたのを受けて、それへの違和感をブログに書いた。https://tu-ta.seesaa.net/article/502850661.htmlそして、『スモール イズ ビューティフル』の読書メモが残っていないか、探してみた。でも、『スモール イズ ビューティ…
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『彼は早稲田で死んだ』という映画の宣伝から考えた『暴力の行使』や『殺すな!』ということ

ぼくのフェイスブックには『ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ』 http://gewalt-no-mori.com/#modal の宣伝がたくさん流れてくる。指向が読み取られているのだと思う。その流れてくる宣伝をきっかけにコメント欄に書こうとしたのだけど、長くなったので、こっちに掲載。~~~~書籍版の『彼は早稲田で死んだ』にナマケモノ俱楽…
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記憶継承を誰が担うのかということ

4月1日の朝日新聞の「折々ことば」で、また立ち止まる。記憶継承とは、本質的に、“当事者”ではない者たちが担うべきものではないか。 (瀬尾夏美)https://digital.asahi.com/articles/DA3S15901106.html随想「声を運ぶ船」(「世界」3月号)から、とのこと。この文章を読んでみたくなった。まだ読んで…
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「いちばん助けが必要な人たちを助けること」(シューマッハ著『『スモール・イズ・ビューティフル』から)

いちばん助けが必要な人たちを助けること鷲田さんは3月30日の「折々のことば」(3042) https://digital.asahi.com/articles/DA3S15899889.html でシューマッハの『スモール・イズ・ビューティフル』を引用して、以下のように解説します。半世紀前、貧困層と富裕層への社会の二極化を憂えた英国の経…
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