OCNetの若い友人の結婚パーティーで乾杯のあいさつを頼まれた。
「ぼくなんかに頼むのはリスキーだよ。本当に大丈夫?」って返事をしたら、少しビビっていたようではあったが、とりあえずぼくがやることになった。
連れにしゃべるんだったら、ちゃんと前もって準備するべきだと意見されタイプしてみた。
このまましゃべるかどうかは別として、昨日、帰りの電車の中で考えたあいさつ。
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Kくん、Nさん、おめでとう。
Kくんにはぼくに乾杯の挨拶を頼むなんて、そんなリスキーなことをしていいのかい?って、一応、断ったのです。Kくんはちょっとびびったかもしれませんが、もしかしたら、それがどれだけリスキーなことかあまりわかっていなかったのかもしれません。
ぼくが乾杯のあいさつをやるっていうのは3つの危険があったわけです。
一つは時間に間に合ってくるかどうかわからない。
(これはぼくが遅刻しないために、乾杯をっていわれたのかもしれないですね。)
二つ目は、ぼくが笑いをとろうとして、すべっちゃうことは、ときどきあるので、そのすべっちゃうリスクですね。
三つめは、言いたいことをあんまりTPOを考えずにしゃべってしまう人間だということです。
んで、それでもいいとKくんが言ってくれたと思うので、、わたしが乾杯のあいさつをさせてもらいますね。
KくんとはOCNet(外国人とともにいきる大田市民ネットワーク)の、とりわけ大森高校定時制とOCNetの活動をいっしょにやっています。NさんとはOCのニュース作りや日本語教室で少し重なっています。
KくんとNさんの出会いはOCNetだったんですよね。
「おめでとう」ってとりあえず言ってみました。
みんないいますね。「おめでとう」って。
だけど、ふたりが共同で生活をはじめたことが、本当に「よかったね」って、言い合えるかどうかは、これからふたりのふたりの、とりわけKくんの努力にかかっているんだろうと思います。まず、こんなふうに、とりあえず、同じ男の先輩としていいたいと思います。
女性との共同生活って、なーんにも考えなかれば、男にとってはけっこう便利で快適なことが多いわけですね。この「なーんにも考えなければ」ってところがみそなんです。「なーんにも考えずに、女の人と暮らすのは楽だなぁ」と感じていられるということは、多くの場合、いっしょに生活する女性へのストレスを貯めるわけです。
そのストレスをぶつけられて、ぼくは少しずつ学習しているっていうか、無理やり学習させられているわけですが、
最近は、いままでできなかった料理ができるようになり、お弁当も自分でつめて工場に行けるようになりました。
で、じつは、そういうことがとても大切なことなんだなぁということにぼくも最近気づいたのです。
ぼくやKくんがいっしょにやっているOCNetの活動は、いろいろ排外的な部分もある日本社会で、生活していくのがたいへんな外国生まれのひとたちやその子どもたちも生活しやすい社会にしていきたい、そのための直接的なサポートもしますよっていうグループなのですが、それは国籍や文化など多様な背景を持った人たちが「いっしょに生きていくことのできる社会にしようよ、そのことが日本で生まれ育ったわたしたちにとっても風通しのいい、生きやすい社会になるはず」っていう活動なわけです。
そういう活動をしている人間が家では違う性別をもっている人の上に君臨してるなんて、ことがあっちゃいけないわけで、Kくんも、まあ、いっしょに暮らしながら、そういうことを少しずつ学んでいけたら、それはそれでいいんだろうなぁと思います。
今日はKくんの職場の人も来てるでしょうか?
Kくん、朝早くから夜遅くまでめいっぱい仕事をした上に、OCNetや大森まちカフェの活動もしてるんですね。もう少し早く帰れるようKくんが努力できるように仕向けてもらえたら、うれしいです。
あっ、長すぎですね。
ともあれ、二人の新しい生活がそれぞれのもっているすばらしい面をさらにのばせるようになるといいと思っています。
それでは乾杯
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これ、ほぼそのまましゃべってきた。
「あっ、長すぎですね。」っていうはずの、ちょうどそのタイミングで「長~い」っていってくれる仲間にも恵まれてます。なんて以心伝心。
二次会後、お茶飲んで帰った。
===5/21追記===
そう、結婚パーティーの当日に聞いたのだが、Nさんは仕事やめちゃったとのこと。
その話を連れにしたら、このぼくの話って、あの亡くなった植木等さんがやってた、「お呼びじゃない、こりゃまた失礼致しました」っていう感じじゃないの?といわれた。この話を若い知り合いにしても伝わらないのかなぁ。
この記事へのコメント
「ひ」
tu-ta