小冊子「自分らしく街でくらす」

どこかで誰かから買ったのか思い出せないこのパンフレット。手に入れたのは、もうずいぶん前だ。2004年このパンフレットが出た直後だと思う。訳者の斎藤明子さんからか、そうでなければ障害学研究会の打ち上げで誰かから。散らかり放題の部屋で、なぜか目に付くところにあって手にする。

この「自分らしく街でくらす」という小冊子のサブタイトルっていうか正式名称は「自分らしく街でくらす 当事者(わたしたち)のやりかた」とあり、当事者にはわたしたちというルビが振ってある。


これがかなり興味深い。


いま調べたら、テキストはたぶん全文がPDFで読める。
https://www.driadvocacy.org/wp-content/uploads/PACE-Japanese.pdf
(2019年5月11日リンク先変更)

PDFを良く見たら、最後にこのPDFの説明がついていた。

以下は主にPDFからコピペ

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このサイトに掲載したものは『自分らしく街でくらす――当事者のやり方』の印刷版から本文テキストと図表をまとめたものです。
印刷版は読みやすいレイアウトとイラスト入りです。
ご希望の方は以下までご連絡ください。
A5 判 2 色刷り 40 ページ 定価 500 円 送料別
rac0207@yahoo.co.jp
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とのこと

著者は
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◆ローリー・アハーンLaurie Ahern
19 歳のとき入院し、精神病と診断されたが回復し、4 つの新聞の編集長を経て、AP 通信社、『ボストン・グローブ』紙などに寄稿するフリーライター。ナショナルエンパワメントセンター共同所長、全米人権擁護機関協会(NARPA))副会長。
◆ダニエル・フィッシャーDaniel Fisher
統合失調症から回復した精神科医である。ナショナルエンパワメントセンター共同所長、マサチューセッツ州イースタンミドルセックス外来センター勤務。
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まず最初に「『自分らしく街でくらす』ことが“精神病”からの回復を促す」という項目から始まり、「人は精神病"として知られている深刻な感情的苦痛から回復できるし、回復する」ということが強調され《その支援により人は「再び」夢をもち、価値ある社会的役割を「再び」担うことができる》という。
そして、《自分で選び、自分で決めた支援があれば、いわゆる精神病から回復すというのが、PACEの基本原則である。この支援は信頼できる人間関係の構築に基づいている》ともいう。
ぼくにはフィリピンに重度の自閉症で言語で話すことができない知り合いがいるが、彼は”精神病”に入るのだろうか。彼がどのように支援を自分で選ぶことができるのかわからない。あるいは自分で支援を選ぶことが困難な人は回復は難しいということになるのか。ただ、かれのことをいっしょに暮らす人が慮って、彼が彼らしく街で暮らすことができたら、彼の苦痛が軽減されるということはいえるかもしれないとも思う。


パンフレットの内容に戻ると、
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このハンドブックは読みやすい形式で、最新の研究から明らかになった回復の原則を紹介している。私たちは『回復の当事者モデル』がどのようにして支援をする人、受ける人双方に将来の見通しを提供し、回復しようとしている人がPACE の原則をどのように使っていくかを説明する。
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というのが目的らしい。


そして、《PACEの原則》というのが13項目記載されている。

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   *
人は最も重い精神病からも完全に回復する。
   *
精神病とは社会的役割を阻害するような深刻な感情的苦痛ではあるが、それは同時に回復への第一歩である。
   *
人は誰でも他者と心を通わせることができるし、そうしたいと願っている。
深刻な感情的苦痛を経験している時は尚更である。
   *
信頼関係は回復の前提である。
   *
あなたを信じる人がいれば、あなたは回復する。
   *
人は回復への夢を追えることが必要だ。
   *
当事者に対する不信は、治療における管理と強制を強め回復を妨げる。
   *
自己決定は回復にとって無くてはならないものである。
   *
回復しつつあるとき、周囲の人は回復できると信じるべきである。
   *
尊厳と尊重は回復に不可欠である。
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精神病とレッテルを貼られた人だからといって、つきあい方を変える必要はない。
   *
安心できる人間関係があれば、感情を表に出すことができ、回復もすすむ。
   *
深刻な感情的苦痛には常に意味があり、それがわかれば回復を助ける。
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あと、興味深いのはこのPDFでも表になっている
《精神病からの「回復」のエンパワメントモデル》
と「医療/リハビリテーションモデル」と「エンパワメントモデル」の対比の表。
医療モデルの「あなたは精神病にかかっています」に対して、エンパワメントモデルでは「あなたはコミュニティで生活しづらい深刻な感情的苦痛を経験しているのです」という具合に。

支援の実例についてもいくつか記載されている。

そして、興味深かったのが
PACE=私の人生観
12の短い文章からできているが、最初にはこんな文章。
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私はこの世に一人しかいない
私と周囲にいる人々は常に心的、精神的、身体的レベルで存在している。ひとりひとりは自分の考え、感情、認識を持っていて、共感する部分もあれば自分ひとりに留めて置く部分もある。私は化学物質の寄せ集め以上のものである。私は“精神病”というレッテルと治療という試練から回復した人である。私は誰にも負けない価値ある存在である。
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そして、興味深かったのが
「PACE と回復についてのよくある質問」
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精神病の原因はなにか?
百年以上にわたる研究にもかかわらず、精神病が主として特定の化学的不均衡あるいは遺伝上の差異によって起きるという根拠はない(Harrison,1999)。社会的、心理的、文化的要因は、生物化学的要因とまったく同じくらい重要である。われわれは同時に多くのレベルで存在する大変複雑な生き物である。生物学的要因を過剰に強調することは、人間という存在をばらばらにし破壊することで、人に自分たちは意味のない化学物質の集合体に過ぎないと感じさせる。この感覚は回復を妨げる、なぜなら回復は、人生を送るのに積極的な役割を果たしたり十全感を得ることに基づいているからである。
生物学的モデルに対してエンパワメントモデルは、すべてのレベルで自分で人生の舵取りをすることを奨めている。専門家が治してくれるのを待たずに、自分で行動することが回復に欠かせないことを人々は知っている。生活を自分でやっていけるようになればなるほど、ますます十全感が増す。これは新たな希望、責任、強さを与える。
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発行はRAC研究会
こんな発足宣言が記載されている。
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 『精神病』は治らない、早期発見・早期治療、薬は一生飲まなければならない、医者の言うことをよく聞いて(専門家にお任せして)…、社会復帰は、グループホームに移り作業所に通うなどの段階を踏んでから、再発すると必ず病気が重くなる、家族は良いけど、どんなに親しくても友人や知人の付添いや面会はダメ…

 精神病をめぐっては「そういうこともあるかもしれないけど、そんな言葉を全面的に信じなければならないの?!」と言いたいような説がマスコミも巻き込んで広く流布しています。異を唱えようとする人が、精神障害の当事者であれば「病気だから」、精神医療を職業とする人でなければ「素人だから」の一言で相手にしてもらえません。

 そんなとき、私たちは海外の文献に「本当にそうだよなァ」とか「良くぞ言ってくれた!」と膝を打ちたくなるものを発見しました。専門家でない日本人が言うことは一顧だにされないのであれば『二人羽織』よろしく、海外の文献を借りて言おうではないか。日本の精神障害の当事者や支援者が、自分たちの主張を確認する調査や面接をする機会や資金を得られないのであれば、同様の目的でなされた海外の調査結果を紹介していくしかないではないか、と思いました。

 そんな閉塞感に身悶えしていた仲間が集まってRAC研究会が発足しました。海外では錚々たる当事者リーダーたちが説得性のある論を展開しています。

RACはRecovery=私に復(かえ)る、Alternate=医療を替える、Change=街を変える、の頭文字をとったものです。

ホラ、精神病とか精神障害者という言葉に付きまとっていた「うつむき」気分から抜け出せそうな気がしてきたでしょう!

そうです。私たちは、ささやかな活動を通じて、社会を変えるのです。

(以下、略)
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検索すると七瀬タロウさんのブログ記事が二つでてくる。

『 PACE』(邦訳)」ローリー・アハーン、ダニエル・フィッシャー ( 斉藤・村上訳)
http://blogs.yahoo.co.jp/taronanase/38877794.html

「狂気」を肯定的に捉える考え方について
http://blogs.yahoo.co.jp/taronanase/47672718.html

七瀬さんは ひとつめの記事では内容を紹介した後、こんな風に付け足している。
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最後に、私が、若干気になった点を二~三述べてみたい。
まず「精神病」理解、そしてそれにもとづく「回復」概念が、通常の精神医学とはかなり異なっている。その点を考慮せずに、この本を読んだ各種「専門家」が何かのヒントを得ること自体は良いことだと思うが、「自分で自分の『回復プラン』を立てなさい」等と言い出したら、これは本末転倒であろう。

 基本的には、ピアサポート、自助グループの方々が参考にすべき本だと思う。またこの「回復」概念が成立するには、各種社会的・経済的サポートも、当然必要とされる。しかるに、昨今の情勢を考えると、様々な困難も当然予想される。また特に「回復」の概念を、かなり慎重に理解しないと、「回復」の強迫神経症になりかねないとも思う。
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また、ふたつめの記事では
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日本の当事者団体の中には安易な「回復主義」で、深刻な病者の実態がわかっていないと批判する向きもあるようですが、完全に誤読だと思います。
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とも書く。


ともあれ、もっと注目されてもいいパンフレットだと思う。
2004年発行

この記事へのコメント

kae
2008年08月23日 23:35
私が今日言っていたのは七瀬さんが2~3気になる事と書いていたことだと思います。今こにない絵に描いた餅。私はそういうものを見ると飢餓感で苦しみます。これがいいでしょう。これを手に入れるべきですねと言われても苦しむだけのことです。

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