「被抑圧者の教育学―新訳」メモ 前半

以下、超長文メモを一気にアップしようと思ったが、字数制限で二つにわける。

「被抑圧者の教育学―新訳」2011年1月(亜紀書房)
三砂ちづる訳
目次
序章
第1章 「被抑圧者の教育学」を書いた理由
  (抑圧する者とされる者との間の矛盾―それを乗り越えるということ、明らかな抑圧状況と抑圧者について ほか)
第2章 抑圧のツールとしての“銀行型”教育
  (問題解決型の概念と自由と解放のための教育、「銀行型教育」の概念、そして教える者と教えられる者との矛盾について ほか)
第3章 対話性について―自由の実践としての教育の本質
  (対話的教育と対話プログラムの内容の探求から始まる対話について ほか)
第4章 反‐対話の理論
  (反‐対話的な行動の理論とその特徴について―征服、抑圧維持のためのわかち合い、大衆操作と文化的浸潤について、対話的行動の理論とその特徴―協働、団結、文化的文脈の組織化)


献辞
この世界で、ひきさかれている者たち、抑圧されているものたちに、この本を捧げる。そして、引き裂かれている者たちを見いだし、彼らと共に自らも見いだし、共に悩み、共に闘う、そういう人たちにこの本を捧げる。



以下は読書メーターへの読み終わった直後の書き込みや読書中のつぶやき
ずっと読もうと思っていた三砂ちづる訳。
読んでいる最中にも、この読書メーターからつぶやいたのだけど、差別や抑圧の重層性をここから、どうほどいていったらいいのだろう。大切な本だとは思うが、あまりにも二項対立図式に偏りすぎているような気もする。
ま、この本に連なるマニフェストのような部分はかっこいいと思ったりもするのだけど。


抑圧・被抑圧という二項対立が見えにくい日本社会、そして男・健常者・宗主国…等という幾重もの抑圧を身につけた抑圧者でもある自分。その重層性をほどいていく鍵はなかなか見えない。


この本は以下のように閉じる。「民衆への信頼、人間という存在への信頼、今より少しでも愛することができる世界をつくっていける、という信頼。そういうことをこの本のページのうちに、ほんの少しでもよいから見つけてほしい。そしてそれがあなたのうちに残ってほしい・・・」


序章

「意識化することの危険」=「自由への恐怖」、批判的意識の形成についてフレイレは語る。
「それは危険ではない」と。
実際には、人々を「破壊的な狂信」にかりたてるのは、意識化ではない。意識化はむしろ逆に、人々が主体として歴史のプロセスに関わっていくことを可能にし、狂信主義を避けて、一人ひとりを自己肯定に向かわせる。9p


セクト主義は神話的ともいえる内向きの理論で構成されるため、人間を疎外していく。ラディカルであることは批判的であることだから、人間を自由に解放する。12p


13pの「前の著書」の注が「私の前掲書」となっているのに、それが見つからない。

セクト主義批判の流れの中で、「ラディカルであるということは主観主義者ではありえない・・・。」(13p)として、続きに若干の説明が書かれるのだが、その説明がよくわからないが、セクトの客観性を無視した状況認識を批判して書かれているのだろう。35pでこの言葉は再び出てくる。
しかし、以下はわかりやすい。
 人間はより自由であるべきだ、ということに深いコミットメントをもつ、真にラディカルな人々は、「安全なサークル」に閉じこもることはなく、当然、現実をそのようなサークルに閉じこめてしまうようなことはしない。ラディカルであればあるほど、現実へのコミットメントを深め、より深く現実を知ろうとするし、その現実を変えようとする。

 世界と対峙することを怖れないこと。世界で起こっていることに耳を澄ますことを怖れないこと。世界で表面的に生起していることのばけの皮を剥ぐことを怖れないこと。人々と出会うことを怖れないこと。対話することを怖れないこと。対話によって双方がより成長することができること。自分が歴史を動かしていると考えたり、人間を支配できると考えたり、あるいは逆の意味で自分こそ抑圧されている人たちの解放者になれる、と考えたりしないこと。歴史のうちにあると感じ、コミットメントをもち、人々と共に闘う。そういうことだけだと思う。16p



第1章 「被抑圧者の教育学」を書いた理由

この本の中心テーマは人間化(ヒューマニゼーション)。非人間化という現実が歴史的な現実として目の前にあるから。20p


・・・。解放は偶然にもたらされるものではなく、解放を求める実践を通して、その闘いの必要性を認識し、再認識することによってはじめて解放に向かっていく。
 この闘いは、被抑圧者が目的とすることによって、愛の行為となる。24p


これは、被抑圧者のためのものではなく、被抑圧者とともにつくり上げていくものであり、個人として、また人々と共に、人間性を取り戻すその不断の闘いのなかで形づくっていくものだ。25p

被抑圧者の教育学は、・・・被抑圧者の側が、自らも抑圧者も、共に非人間的な状況にあることを批判的に発見していくことからつくり上げられる。26p

・・・。被抑圧者が理想として追い求めているのは、まさに“人間となる”ことである。しかし、ずっと非人間的な状況に置かれ、どう抜け出せばよいのかわからない矛盾のうちにあっては、人間になることが抑圧者になることと思ってしまう。だからこそ、人間とはなにかということが示されているべきだ。
 これは、被抑圧者が自分の実際の経験から、抑圧者に「癒着」するような姿勢を身につけてしまうことから起こってくることだと思うので、後でもうすこしゆっくり分析・・・
26p


抑圧するものの「影」を内面化し、その決まりに従う抑圧された者は、自由を怖れるようになる。この影を取り除くということは、影を取り除くことで生じる「すきま」を別の「内容」――それは自律、ということなのだが――で「埋めて」いくようなことをしなければならないということ
29p



自らの中に自由への希望がある人は、他の人たちが同じような希望をもっていてはじめて、その希望が実現することを知る。31p


 自らのうちに「内面化された」二重性に苦しむ。自由でないことに気づく。本来の自分ではないことに気づく。自由になりたい。しかし、自由になることは恐ろしい。自分は自分であると同時に、抑圧者であるという意識が自らのうちにある。だから、その闘いは、引き裂かれた自分自身、つまり自らの二重性との闘いである。自らの「内なる」抑圧者を追い出すことができるかどうかの闘いである。31p
フレイレが二項対立的過ぎるという批判への回答がこのあたりに求められることがあるかもしれない。おそらく、この二重性は意識だけでは克服できず、この本でフレイレが書いているように、闘いに参加することによってしか、克服できないのだろう、とも思うが、ジェンダー規範や「障害・健常」といった問題は構造の問題でもある。強固なその構造への闘いにはたぶん終わりはない。しかし、闘い続けるのは疲れる。二重性に甘んじることはしたくないと思いつつ、しかし、死ぬまで闘い続けるとかいうのもいやだと思う。ま、ときどき休んだりしながら、構造の中でもがいたりし続けるしかないのだろう。だから二重性からいつまでたっても抜けられないのだと言われそうだけど。

 純粋な理想主義だけでは、これらの矛盾を乗り越えていくことはできない。抑圧された者が自らの自由のために闘うのに不可欠なことは、抑圧の現状を直視することである。現実は「閉じた世界」でどうしようもない、と見なされてはならない(世界を閉じたものとすると、自由への恐怖が生まれる)。抑圧されている者はその状況による制約はあれど、状況を変革することができる。本質的に重要なのは、抑圧的な現実が課す誓約を認識することである。その認識を通じて、自由への行動に向かう原動力も得ることができる・・。32p


 
はっきりした抑圧の状況を認識することが、すぐに自由を意味するわけではない、ということはいっておいたほうがよいだろう。偽りの主体、偽りの「自らであること」が抑圧者であるから。33p

33pの部分がよくわかんないなぁ。


再び内なる抑圧者問題
・・・。自分は抑圧する者である、ということを発見したとしても、そしてそのことによって苦しんだとしても、抑圧された者と連帯するわけにはいかないのである。本当に連帯しようということは、依存している状態を維持しながら、ちょっと財政的に援助しよう、などということではない。連帯するということは、パターナリズムに陥っているために感じる引け目に、なんらかの「合理性」を見つけようとすることではない。連帯するということは、連帯する相手の状況を自ら「引き受ける」といラディカルな態度のことをいうのだ。
 ・・・被抑圧者との真の意味での連帯とは、彼らを自分自身ではなく、「何か別の存在」にしてしまうような客観的な現実を変革するための闘いのことにほかならない。
33-34p

【「引き受ける」といラディカルな態度】って、いったいどうすればいいのだろう。
さまざまな抑圧と被抑圧がある。資本家と労働者、北と南、男と女、障害があるかないか。そんななかで、「引き受ける」ってどこまで可能なのだろう。とはいうものの、彼らだけでなく自分も含めて「別の存在」になれるかどうかはともかく、その「闘い」に参加することは可能だろう。

そして、フレイレは抑圧と被抑圧という対立構造が、はっきりした現実としてあるのだから、「その矛盾の克服もまた客観的にはっきりした形で行われることによってのみ達成される」(34-35p)と書く。はっきりした対立構造はもちろんあるが、はっきりしない抑圧と被抑圧だってあるんじゃないか、とも思う。

とはいえ、この抑圧の状況を変革していくラディカルさが抑圧者にも被抑圧者にも必要だ(35p)というのは、そのとおりなのだろうなぁ。

ちなみに「引き受ける」という話は120pにも出てくる。

そして、ここで再び、主観と客観の話がでてくる。
「主観性なしに客観性を考えることはできない。一つがなければもう一つもない。この二つは切り離すことはできない」
「客観主義でも主観主義でも心理主義でもなく、主観性は絶えざる相互作用のうちにある客観性ともいえるのである」35~36p
と。



 本当の意味で自由を目ざす教育学者は、抑圧されている人たちと距離を置いているわけにはいかない。つまり、かわいそうとか人道的「治療」の対象だとか、抑圧する側から出てきた例などを引きながら、自らの「出世」のモデルを探す、とか考えないことだ。43p


「人道的」ではなくてまさに人間的な教育学のみが、目標を達成できる。逆に・・・抑圧される者をかわいそうだといって人道的援助の対象にしていく教育は、抑圧そのものを維持し、体現している。43-44p



ここでいうような教育実践には政治的な力が必要→抑圧されているものには政治的な力はない→系統立てられた教育制度の転換は困難→しかし、教育的な働きをつくることは可能
44p


被抑圧者の教育学の二つの重要な局面
1、変革の実践へのコミット
2、変革後の社会での教育。絶え間ない自由を求める人間存在そのものの教育学
45p

テロを始めるのは、抑圧された弱者ではない。その権力により明らかな抑圧を生み出し、生活できず、世界の引き裂かれた状況にあるような人を生み出している暴力的な者たちこそがテロの始まりなのである。47p


以下のフレイレの暴力観は興味深い

「被抑圧者の反逆行為は、抑圧の状況をつくった暴力と同様に、多少暴力的なものになるのではあるが、意識するにせよしないにせよ、愛の行為の始まりともなっているのである」
しかし、国家権力を握った元被抑圧者たちが自らの暴力に自らの足元をすくわれていないだろうか。それが肥大化して、再び抑圧を作り出していないだろうか。「フレイレと暴力」というのも考えるに値するテーマかもしれない。ちょっとだけググッたが、先行研究は見つからない。
フレイレの時代、【愛の行為の始まり】としての【多少暴力的な被抑圧者の反逆行為】は、とりわけ中南米には普通に存在していただろう。


いつものことではあるが、ほとんどの被抑圧者は自分たちが多くを知っていることに気づいていない。62p


第2章 抑圧のツールとしての“銀行型”教育


抑圧する側の人々は、本質的な思考を促すようないかなる教育にも、そして現実が断片的にしか見えないことに満足しないで、ある点から別の点へ、ある問題から別の問題へといつもつながりを探しているような人にも、本能的に敵対するのである。84p

これ、どうなのだろう。抑圧する側も自分でちゃんと考えることができる人間がいないと困る面はあるのではないだろうか?(少くとも、統治を組織する人間の数くらいは)。そんな人間がいなくても社会は維持できるのだろうか?


本当の解決とは、その社会構造に「統合」されたり、「一体化」されたりしていくことなのではなく、抑圧を生み出すその構造そのものを改革し、「自らのための存在」というものをつくり出していくしかない。85p

>「自らのための存在」というものをつくり出していく
というのがわかりにくいのだが、「自らが『自らのための存在』になる」というのと、どう違うのだろう。

「銀行型教育」を受けていれば、教えられる側、つまり抑圧される側は意識化に向かうことはない 85-86p

この「意識化」の説明がどこかにあったはずなんだが、忘れたと思ってブログをググったらいくつかでてきた。

以下、時系列で。

フレイレの危なさ (「百姓が時代を創る」に触発されて)
https://tu-ta.seesaa.net/article/200604article_3.html

フレイレについて(その2)
https://tu-ta.seesaa.net/article/200604article_11.html

フレイレの「銀行型教育」についてのメモ
https://tu-ta.seesaa.net/article/201210article_1.html

「銀行型教育」(フレイレ)について その2
https://tu-ta.seesaa.net/article/201210article_6.html

《パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む》のメモ
https://tu-ta.seesaa.net/article/201502article_6.html


このなかで、いちばんわかりやすい説明は以下
意識化(conscientization)
 ・・・パウロ・フレイレの実践と理論の最重要概念。「ラテン系言語や英語では、意識と良心は同義言語なので『良心化』さらには『人間化』と訳出してもよいかもしれない。フレイレはこの言葉を、抑圧され非人間化され、「沈黙の文化」のなかに埋没させられている民衆が、『調整者』(たんなる教師ではなく、民衆の苦悩と希望を共有することによって自らの人間化を求めようとする『ラディカルズ』)の協力をえて、対話や集団討論――すなわち、学習によって自らと他者、あるいは現実世界との関係性を認識し意味化する力を獲得しながら、自らと他者あるいは現実世界との関係を変革し人間化しようとする自己解放と同時に相互開放の実践、といったダイナミックな意味で使っている」(パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』亜紀書房、1979年、1頁、訳注)


教育する側もされる側も共に知ることこそが教育する側の真の仕事となる。88p


94-95pにはフロムを援用して、ネクロフィリアの説明がある。
”死せるものへの偏愛”
・・・ネクロフィリア的人格は・・・命を機械的なモノと見なし、人間をモノのように見る。命のプロセス、感情、思考をすべてモノに変換してしまう。経験ではなく、記録が、そして存在そのものではなく、所有することが重要だという。・・・
 力をもつ者によって行われる抑圧は、ネクロフィリアそのものである。死した者を愛するようになり、命への愛は育たない。
 「銀行型」教育の概念はこのネクロフィリアの概念とまったく同じ・・・。


ときどきでてくる「ネクロフィリア」という言葉。「死姦」と解釈するとわかりにくかったので、調べた。http://homepage3.nifty.com/kiraboshi2/Abraxas/the_heart_of_man2.html
に わかりやすい説明

一部引用
【ネクロフィリアについて】
 ネクロフィリアとは「死への希求(死を愛好、強く願い求めること)」という意味を持つ。これに対するものであるバイオフィリアとは「生への希求(生を愛好、強く願い求めること)」 を意味する。ネクロフィリアという用語は一般には性的倒錯、つまり(女の)屍体を性交のために所有したいという欲望、または屍体と面と向かっていたいとい う病的欲望を表すのに使用されている。しかしながらこのような性的倒錯は、何ら性的な形をとらないで見出されるオリエンテーションが、一層明白な姿を借り て表れたものにすぎない。心理的にも道徳的にも、人間と人間との間には、死を希求する者と生を希求する者の間、つまりネクロフィラスな人間とバイオフィラ スな人間の間におけると同様に、根本的な差異は無い。とはいっても、つまり人が完全にネクロフィラスであるとか、でなければ完全にバイオフィラスであると かいう、二元論的な意味ではない。死にすべてを捧げる者もいるが、それは狂人である。逆に生にすべてを捧げる者もいるが、それは人間の到達しうる最高目標 を達成したものと見受けられる。多くの人の場合は、バイオフィリアとネクロフィリアの傾向が同時に存在するが、その混在の程度が違うに過ぎない。ここで大 切なことは、生命現象として、人間の行動を決定付けるのはどちらかの傾向がより強いかということであって、二つのオリエンテーションのひとつが完全に存在 するとか、存在しないとかいうことではない。


●ネクロフィリアの問題の核心をついた事例
『死よ、万歳!(viva la muerte!)』
 1936年、スペイン市民戦争のはじめ、スペインの哲学者ウナムーノが学長をしていたサラマンカ大学において、フランコ率いるファランヘ党のミラン・ア ストレイ将軍が演説した際、その講堂の後ろから将軍の信奉者に一人が叫んだ言葉。これは同時にミラン・アストレイ将軍の好むモットーである。その演説の終 了後、それまでそれを聞いていたウナムーノは立ち上がって反論する。

ウナムーノ 「ただいま私はネクロフィラスな意味の『死よ、万歳!』と いう絶叫を聞きました。そして私はといえば、他人には理解できない怒りを起こす痛烈な逆説に生涯を捧げてきた者ですが、ここで申し上げなければならぬこと は、専門の立場として、今の奇怪な逆説には反撥(はんぱつ)を覚えるということです。ミラン・アストレイ将軍は不具者です。大声でそういうことができま す。彼は傷病兵です。セルヴァンテスもそうでした。不幸にも現在、スペインでは不具者が多すぎます。神の加護がなければその数は更に増えていくことでしょ う。ミラン・アストレイ将軍が大衆心理学の方法をここで述べられようなどと考えると胸が痛みます。セルヴァンテスの精神的偉大さを欠如した不具者は、自分 の周囲の人々を不具にすることに不吉な救済を求めがちです」

 人々を説くウナムーノだが、ミラン・アストレイは自分を制御することができなかった。

ミラン・アストレイ「知力よ、くたばれ!死よ、万歳!」

 この絶叫に、ファランヘ党員の間から、それを絶賛し支持する猛烈な叫び声が起こった。しかしそれに対してもなお、ウナムーノは反論を続けた。

ウナムーノ「ここは知性の聖堂です。そして私はここの高僧です。聖域を潰すのはあなたです。あなたは有り余る野蛮な力をおもちだ。だから勝 利は獲得できるでしょう。しかし、納得させることはできません。納得させるためには説得が必要だからです。そして説得するためには、あなたには欠けている ものがあります。闘いにおける理性と正義がそれです。あなたにスペインのことを考えるよう、お勧めしても無駄だと考えます。これまでです」

 この後、ウナムーノは自宅に監禁され、数ヵ月後に亡くなるまでそのままであった。が、ウナムーノは「死よ、万歳!」という絶叫のネクロフィラスな特徴を 述べることにより、ウナムーノは悪の問題の核心に触れたといえる。彼がミラン・アストレイ将軍の演説に対し「ネクロフィラス」という語を用いたとき、この 事実を明白に見て取ったのだ。彼が意味したことは、将軍が性的倒錯にとりつかれているのではなく、生を憎み、死への希求を強調したということにあるのであ る。



解放のための教育、問題解決型の教育は、「銀行型」教育のようにただおとなしく座っている生徒たちに「知識」を詰め込ませたり、ただべらべらと話すだけだったり、「知識」を移動させるかのように伝えるだけだったりするのではなく、認識するための営みなのである。100p


そして、その認識行為は教育するものとされるもの、両者の行為を通じて作られ、そして、するものとされるものの矛盾を越えていくことが強調される必要がある、と書かれている。

銀行型教育はその矛盾や対立を維持し、問題解決型教育は、その矛盾を越えていく。101p


対話を通して矛盾を超えていくところには、結果として新しい関係性が生まれる。・・・。教育する側と教育される側は対等な関係として立ち現れてくる。102p


教師が世界の内にあり、世界と共にあるという問題の立て方をすればするほど、自らが世界から挑戦を受けていると感じることになる。挑まれれば、挑まれるほどその挑戦の答えをいやおうなしに迫られていく。104-105p


「人間なしに世界はないんだ」という農民の発見106p


「銀行型」が行うのはいわゆる「施し」で、問題解決型の行うのは批判である。109p

「銀行型」は永続性に重点を置く一方、問題解決型は変化に重きを置く。110p


第3章 対話性について―自由の実践としての教育の本質

以降はその2
https://tu-ta.seesaa.net/article/201503article_2.html

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