「被抑圧者の教育学―新訳」メモ 後半



第3章 対話性について―自由の実践としての教育の本質

対話とは世界を媒介とする人間同士の出会いであり、世界を“引き受ける”ためのものである。あなたと私という関係だけで空虚になってしまうようなものではないのである。120p
ここで、33-34pででてきた『引き受ける』話が再び出てくる。こんどは『世界を引き受ける』という話だ。

前に出てきた部分を再び引用してみる。
・・・。自分は抑圧する者である、ということを発見したとしても、そしてそのことによって苦しんだとしても、抑圧された者と連帯するわけにはいかないのである。本当に連帯しようということは、依存している状態を維持しながら、ちょっと財政的に援助しよう、などということではない。連帯するということは、パターナリズムに陥っているために感じる引け目に、なんらかの「合理性」を見つけようとすることではない。連帯するということは、連帯する相手の状況を自ら「引き受ける」といラディカルな態度のことをいうのだ。33-34p
相手の状況を引き受けた上に、世界まで引き受けるって、引き受けすぎ(笑)。

何を指して「世界を“引き受ける”」っていうんだろう。

瞑想による沈黙では、人間は明らかにこの現実世界と離れているように見えるが、実際には現在いる世界から距離をとりながらも現実世界の合一性には敬意を表する、という状態が続く。このような世界の理解の仕方は人間が現実にしっかりと“浸って”いるときにこそ、現実味を帯びてくるのであり、世界を蔑視して現状からの逃避を図っているときに、そういう「瞑想による沈黙」をやることは「歴史的スキゾ(統合失調症」状態であるとしかいえない。(121pの注)
~~~
この統合失調症という言葉の使い方はまったくダメだと思うが、現実逃避のための「瞑想による沈黙」じゃなくて、現実にコミットするためにこそ「瞑想による沈黙」が必要だという見解はそうだと思う。

世界と人間に対して深い愛情のないところには対話はない。122p

本当の意味での革命家は、革命を創造と自由の行為であり、また愛の行為であると、見なしていることに間違いない、と信じるようになった。私たちにとって理論なくして革命はなく、科学的思考なくして革命もないし、それらは愛と矛盾しない。むしろ、逆に革命は人間の人間化を目ざすために行われるものだ。(123pの注)


しかし、フレイレはこの時代にどのような革命をイメージしていたのだろう。そして、晩年には革命について、どんな風に思っていたのだろう。さらに、いま、生きていたら、どう語るのだろう。愛から離れたかのように見える革命も多いのだが。毛沢東にはシンパシーを感じていたみたいなんだが。133pと135pの注でも毛沢東が援用されている。


対話は人と人がお互いに出会い、お互いの知恵を共有するような行為だから、どちらか一方が謙虚さを持たなければ、対話として成り立たない。124p

フレイレはファシリテータの側が謙虚さを持たなければならないと言いたいのだと思う。(そのあとの記述から) 


 絶望とはある種の沈黙、つまり世界を拒み、世界から逃避することだ。不当な「秩序」がもたらす非人間的な状況によって希望を失ってはならない。逆にそのような非人間的な状況があるからこそ、人間的であることをさらに希求し、不正によって損なわれてしまった人間性の回復を望むのである。
 腕組みをして待っていることが希望ではない。希望は私を闘いに向かわせる。希望と共に闘うことを望むのである。128p


対話のないところにコミュニケーションはないし、コミュニケーションの成立しないところに本来の教育も…ない。教育するものとされるものが矛盾を乗り越え、認識する対象を仲介しながら共に認識する活動を行う相互主体的な認識をつくり上げる場、それが教育130p

繰り返すことになるが、本当の教育とは、AがBのためにやるのでも、AがBについてやるのでもなく、Bと共にAが世界を仲立ちにしながら行なうものだ。131-132p


本当に人間的な教育者・・・にとって、活動の対象は共に変革すべき「現状」そのものなのであり、人々自体が変革すべき対象なのではない。133p

…「救い」のメッセージを、抑圧者に変わって吹き込む…のではなく、人々との対話という形、すなわち、そこにある状況を客観的なものとして知るだけでなく、(それを)どのように認識するか、自分のいる世界で自分をどのように、どの程度認識できているかを問題にする135p~


139pから、「生成テーマ」(同じ意味で「意味あるテーマ」という言い方も使う139p注)の説明が書かれているのだが、これがもうひとつわからない。説明を放棄しているようにも思える。単なる読解力不足かも。


141-143pにかけては、人間と動物の違いが強調される。「動物には、ここも、今も、ない」(143p)とか言い切ってしまっていいものか、と思う。


フレイレは「限界‐状況」を超えなければならないと繰り返す(143-153p)のだが、環境的な越えられない「限界‐状況」が存在していることを、どんな風に考えるのだろう


154pの「ここでの基本問題は~」以下の文章は主語と述語がつながっていない。で、わかりにくい。


156p~の部分ではコード化の説明があるのだが、生成テーマを専門家が結局中心になって発見し、それをコード化したモノを準備し、脱コード化していくプロセスって、一つ間違えれば、洗脳になってしまうのではないか。


ともあれ、テーマ調査・生成テーマから、コード化、脱コード化っていうのがぼくには理解できていないみたいだ。わかるように書いてくれよ、とも思う。


もうひとつ、その延長線上の意識化っていうのもわかっていない。


ここでは以下のように書かれている。
・・・私たちが追求しなかればならない唯一の道は状況を状況を意識化することであり、それはテーマ調査からずっと一貫していることである。
 
 意識化というのは明らかにその状況にある主体をストイックに純粋に認識することではない。むしろ逆で、自らの人間化を疎外するものに対して。闘うことができるような活動計画ができるよう整えていくことである。185p
「意識化」がこういう意味であれば、やはりさきほど引用した説明にあるように『良心化』さらには『人間化』と訳出してもよいかもしれない。そして、この訳だが「主体をストイックに純粋に認識すること」とするより、「自らを主体をストイックに純粋に認識すること」とすべきなのではないかと思うのだが、どうだろう。原文は読めないので、文脈で考えると、そうなると思うんだけど。


テーマのいくつかや、テーマのうちの核となる部分のいくつかを、ドラマの形で提示することもできるが、その劇ではテーマを示すだけで答えを含んではいけない。192p

劇以外のものでテーマを示すときは答えを含んでもいいのかなぁ。なんであれ答えを提示しないで進めることは大事かも。



第4章 反‐対話の理論



読み進むと、わかりにくい文章が多いなぁと思いながら以下
(革命のリーダーが)中途半端でどっちつかずの存在として、半分は自分自身であるけれども、半分は抑圧者を「宿した」まま、被抑圧者が押し付けられている現実を中途半端に生きるとしたら、それはただ、単純に権力を得ることを求めているだけのようにしか見えない。203p
半分ではなく、全部「引き受けろ」ということなのかと思う。しかし、そんな厳格さばかりを求めるのもどうか、と思わないでもない。


そして、このあと204pで、「対話のない革命はありえない」と繰り返す。


そして、208pでは「明晰なリーダー」の必要が説かれる。こんな風に書かれていたのは意外だった。
・・・変革は、この現実をつくり上げ、そこで生きてきた人々によって行われるのではなく、その現実のもとで虐げられてきた人たちが、明晰なリーダーの下に行われるものである。
やはり前衛が必要というようなことをフレイレも考えていたのだろうか?微妙だが、この本の一番最後にリーダーの必要性については書かれていた。



・・・人々に向かってスローガンを投げかけることはあまり意味がない。人々と対話し、現実に基づいた彼らの経験知を知り、リーダーの批判的知識で、そのような経験知をさらに豊かにしていき、今の現実の根底にあるものを変革していくのである。218
pけっこうスローガンを投げてきたし、投げられる場に慣れてきたなぁと思う。そうではなく、対話が必要という提起だ。例えばデモで、スローガンを投げない方法があり得るだろうか。



219p注10要約
対話と変革の行動は二分されるものではない。逆に、対話こそが変革の行動の「本質」なのである。
抑圧者の理論では、その本質は「対話」に反対すること。とてもシンプルなこと。
という風にフレイレは書く。抑圧されたものとの対話は必ず、変革につながるという確信がここにある。「すごい」と思うと同時に、ほんとにこれでいいのかなぁ、とも思う。


上記をFBに投げたらKさんからコメントをもらった。
K 現実には、被抑圧者が対話的環境にないか、あったとしても真の対話ではない「なんちゃって対話」になってしまっていることが往々にしてあるので、「対話が変革につながらない」ということが生じてしまう、と僕は解釈しています。
tu-ta  Kさんのおっしゃる通りだと思うのです。で、Kさんの提起を受けて、ぼくの誤読が判明しました。「真の対話」が必ず変革につながるとはフレイレは書いて ないんですね。ただ、『対話こそが変革の行動の「本質」』であり、対話を欠いた変革は本当の変革ではありえない、ってことを書いてるだけですね。


 新しい革命は、抑圧された古い社会を超えたところに生まれてくる。だからこそ、権力の掌握は継続的なプロセスの一つにすぎず、すでに述べたように、決定的な瞬間ではあるが、それだけでしかない。
 ・・・それは客観的な条件のうちに生まれてきて、抑圧状況を超えることを探求し、絶え間ない人間の解放を追及(ママ)するプロセスである。221p
この追及は追求だと思う。にしても、前に書いたわかりにくい文章の問題なども含めて、この編集(含む校閲)はちょっと甘いんじゃないかなぁ、と他人には厳しい私。


抑圧のための行動の特徴の一つ・・・、問題の全体を見ようとしないで、問題をその場だけでとらえるような視点の導入・・・230p


これに続く文章もこなれていない様な気がするのだけど・・・。勝手に解釈して改変 
「地域開発」の仕事において、ある地域全体が「たくさんのローカルコミュニティ」へと細分化され、その地域を全体としてとらえられなくなると、あるいは(と、この本にはあるが「逆に」)、ある地域がその全体性を無視され、より大きな単位である国として扱われることで、疎外感は深まっていく。231p

そして、その疎外感が分断を容易にする、とフレイレは書く。

それを疎外とか疎外感と呼ぶのだろうか、

ともあれ、地域とはどの範囲をさすかということが明確にされない限り、この議論には乗れないと思う。ローカルコミュニティでできることは多いし、そのなかで完結させたほうがいいことも多いと思う。ま、そもそも 「地域開発」っていう呼び方がうんざりなんだが。


252pでは、被抑圧者が抑圧者のとの「癒着」を断ち切り、距離を置き、客観的に見ることで、抑圧者との対立の批判的認識ができるようにる。そして、このような私的な世界観の変化は実践のないところでは起こらず、抑圧者によって促進されるようなことはもっとありえない、と書かれている。

抑圧者が抑圧的な世界の見方を押し付けようとするとき、それに対して自然発生的に批判的認識ができるようになるということはありえない、とフレイレは言いたいのだろうか。人間のそうしたものに対する反発力が発生するためには、何か媒介になるような存在が必要であり、そして、それは対抗する実践の中でしか培い得ない、ということなのか、と思う。



264pから出てくる「侵略」の話も興味深い。以下、適当に要約。正確に知りたい人は本にあたってください。
 革命がリーダーと人々との間の永続的な対話の実践を通して発展し、リーダーと人々が共に批判的になっていけば、(革命後の社会においても、また、おそらくそれ以外でも)、抑圧と「侵略」に陥る危険性をより困難なく避けることができる。

 その侵略を行うのは、ブルジョア社会でも革命社会でも)、村落開発普及員とか、社会調査員とか、経済学者とか、宗教関係者とか、大衆教育者とか、ソーシャルワーカーとか、間違った革命家。

 文化侵略は制服と抑圧の維持に資するものだから現実を静的なものとしてとらえ、ある世界観を他者に押し付ける。侵略者が優等であり、非侵略者が劣等であるという価値観の押し付け。行動を決定する基準は侵略者が握り、決定するのは被侵略者ではなく、決定したという幻想を抱かされるだけ。

 これが、侵略され、侵略の構造が反映した二重構造を持つ社会で、社会経済的発展を期待できない理由。発展するためには以下のことが必要
1、探求と想像の動きあが有り、決定するのはそれをやっている人自身であるということ。
2、その運動が単に空間的にどこかで起こるのではなく、起こるべき「時」に起きていること。それが意識的であること。

 つまり、すべての発展というのは変革を意味するが、すべての変革は発展であるわけではない。
種子はよき状況があれば、発芽し、育ち、変革していくが、発展というのはそういうものではない。動物の変態もまた発展ではない。どちらもその種によって決定された変化であり、時間によってもたらされたものではない。時間というのは人間の時間なのである。
 さまざまな未完の存在のうちにあって、人間は唯一「発展」する存在。264-265p


問題はこのフレイレの「開発・発展」観。と「時間」観。

「発展・開発」についてはラミスさんの書いている「対抗発展」という考え方と比べてみても面白いと思う。https://tu-ta.seesaa.net/article/200508article_11.html 参照


ラミスさんだけじゃなくて、ヘレナさんや横山さんに言及したものもあった。



また、時間とは人間の時間だというのは、あまりにも人間中心主義的すぎるように感じる。植物の開花や動物の変態は時間の経過がなければ、ありえない。時間を認識できるのが人間だけだったとしても、そこには時間が流れていて、時間の影響を受けてそれらも変化しているのではないだろうか。デヴェロップメントって、もとは植物が(うちに秘めた可能性を)開花するというような意味ではなかっただろうか。


再びフレイレに戻ろう。

彼は「ある社会が発展しているかどうかを確認するためには、「統計的に」、一人あたりなんとか、という指標による分析をすることは大した役には立たない」(267p)という。そこは同意できる部分だ。そして、フレイレは明示していないが、「発展指標」として普通に使われるGDPの多寡だけでなく、平均寿命だとか、ひとりあたりの医療機関の数とかをだすことにも意味を見出していないのだろう。


しかし、これに続けてフレイレは「重要なクライテリアは、その社会が「対自存在」、つまり何者にも依存しておらず自立しているかということなのではないだろうか」と書くのだが、ここは大きく異議があるところだ。そもそも「何者にも依存しておらず自立している」存在などありえるのか。このあたりがフレイレも西洋近代思想から自由ではないということかとも思う。そして、この訳文もまた、こなれていないなぁと思う。


さらに続けて、それらの指標は近代化の度合いを示すだけのものであり、発展の度合いを示してなどいない」と主張するのだが、じゃあ、その発展とは何か、自由が拡大すればそれでいいのか、というあたりも生きていればフレイレに聞いてみたいところ。



282-285pにかけてフレイレはゲバラのシエラ・マエストラでの闘争についての文章を引用し、革命における対話の必要を強調する。その結語的な部分を抜粋して以下に引用
 対話行動の理論は常にどのようなときでも革命行動には人々との「交わり」を必要とする。交わりは協働へとつながり、リーダーの人々への「フュージョン(融合)」が起こる。・・・「融合」は革命行動が本来の意味で人間的であり、ゆえに共感的で、愛に満ちて、謙虚であることに支えられ、人間の解放を目ざすときにはじめて存在しうるのだと思う。
 革命とは生命への愛であり、生活の想像であり、そのためには生きることを拒む生活は捨てていかねばならない。285p

ポルトガル語からの翻訳なんだが、この言葉では生命と生活は日本語のように別の言葉なのか、英語のように同じ言葉なのか気になる。いんやくさんにでも聞いてみようかなぁ?

ここでいう「生活の想像」って何だろう。あって欲しいと思えるような生活をイメージすることか、それとも現にある、あってはならないような様々な生活を想像することか、あるいは両方か。そして、それ以上にわからないのは「生きることを拒む生活」とは何かということだ。それは、直後で記述されるブラジルやラテンアメリカが抱える非常に厳しい状況のことを指しているのだろうか。


そして、289pでは218pに続いてふたたびイデオロギー的なスローガンではダメだ、という話がでてくる。(以下、多少適当に省略)
 被抑圧者を分裂した状態においておくためにイデオロギーが不可欠だが、団結のためには、なぜ、どのように現実への癒着が起こり、自らの現実に関する偽りの認識ができてしまうかを知るために文化行動が必要であり、非イデオロギー化が求められている。
 だから被抑圧者の団結のための方法はイデオロギー的なスローガン化であってはならない。それは主体と客観的現実の本来の関係を歪め、また、本来は統一的で不可分なものである感情の認知と行動を引き離すことになる。
 実際のところ、基本的に解放のための対話行動は、被抑圧者をある神話化された現実から「引き離して」、別の神話に「癒着」させるようなものであってはならない。289-290p
「意識化」もそうだろう。ひとつ間違えたら、別の神話化になってしまう危険があるということに自覚的であるべきなのだろう。多くの「社会主義革命」で、その過ちが繰り返されてきた、っていう以上に、そこをちゃんとクリアできた革命がどれだけあったのか、また、それを防ぐためにどうすればいいかという具体的な手立てが必要なのだろうが、どこかに書いてあったかなぁ?


304pからは革命リーダー(あるいは指導者)の話が数ページにわたって記載される。フレイレはリーダーや指導者が対象とする人々と対話すること、そして、それが双方向に影響しあわなければならないということを強調する。そういう意味ではリード・指導する側とされる側の双方向性を強調しているわけではあるが、そんな風に二分すること自体どうなのだろうと思わないでもない。このことについては、この本の一番最後のほうに明確に語られている。


ここでフレイレは人々がもつ世界観に言及する。(305-306P) 以下に要約
それを考慮しないと革命リーダーはとんでもない間違いを犯してしまうことになる
人々の世界観には明確なものもそうでないものも、さまざまなものが混在している。そして、それらはすべたがかかわり合って全体を形成している。
抑圧者にとって、この全体性は侵略行為・支配・支配の維持のために興味を引くのみ。
革命リーダーにとって、この全体性を知ることは、自らの活動と文化統合のためになくてはならないもの。
 だからこそ、対話行動の理論では文化統合をめざすのではあるが、革命リーダーが人々の世界観に縛り付けられ、その願望につなぎとめられていなければならないということではない。
 人々の世界観を尊重はするが、それに追従することをよしとはしない。
(この文化統合というのが299pからの、この本の最終節のタイトルになっているのだが、ぼくにはとてもわかりにくい。ある文化行動が文化侵略と文化統合かというような形で対として説明されているのだが、そもそも文化行動というのがよくわからない)


ともあれ、「リーダー」と「人々」の世界観の違いを対話で埋めていくという作業、どうしてもリーダーの世界観が優勢なのではないか、その方向へ導くという形になりがちなのではないかと思うが、そうではない対話を形成できるかどうか、そのあたりがフレイレの「対話」の肝の部分なのではないか。


で、フレイレはわかりやすい例として、賃上げの例を出す。(多少要約)
人々の願望が賃上げのみに絞られ、そこから先に進めないとき、リーダーは二つの誤りを犯す可能性がある。
1、賃上げ要求を煽り続けること
2、その願望はそれとして一応棚上げし、他のことを人々に提案すること。つまり、人々にとっては現実味のない「自分とは関係ない」ようなことをもってくる。
前者は人々の願望に過剰適応したり迎合すること
後者は人々の願望を尊重せず、文化侵略に陥ってしまっているということ。

・解決は統合にしかない。一方で人々の賃上げ要求に心を寄せ、もう一方でその要求の意味について問題化していく。
・それは歴史的な具体的実現状況、つまり賃上げを一つの次元としてその全体を問題化していくということ。
・そうすれば、賃上げ要求がそれ単独では解決しないような問題であることがわかってくる。
307p
フレイレが書きたいことはわかる(ような気がする)のだが、賃上げから問題の全体性にアプローチする対話のプロセスは容易ではないだろうなぁ、とも思う。


さっき、触れた「革命リーダー」と「人々」の関係の話が、この本の結語近くで提出される。
人々のほうは、内なる抑圧者が内部化されているために、自分たちだけで自分たちの解放理論を形成することができない。革命リーダーと出会い、お互いの交わりのうちにおいて、その実践を通じて、その理論が形成され、また再形成されていくのである。308p


そして、この本の最終ページ(訳者によるあとがきを除く)に入るのだが、ここにフレイレの対話への姿勢がよく表現されているのではないかと思う。

ここで、まずフレイレは、この本が「被抑圧者の教育学の大体を序説的に描こうとした」ものだとした上で以下のように書く。
もし、読者のどなたかが、この本の誤っているところを正してくださったり、いくつかの点についてもっと深めてくださるようなご指摘をくださるなら、それは本当にうれしいことだと思う。309
ま、よくあるフレーズといえば、そうなのだが、これを「対話がないところにほんとうの社会変革はありえない」と言ったフレイレが提起していることに意味がある。


そう、この本は聖典ではないのだし(ま、そうであっても信じないのだけど)、この本をめぐるフレイレとの対話が読者に求められている。もう亡くなってしまった彼のレスポンスはないけれども、彼のこの本に感銘を受けて、ここから学ぼうとする大勢の人たちがいる。そのような人たちとの対話の中で、この本の内容を深めていくことこそが求められているのだろう。


そして、フレイレはこの本の一番最後に以下のように書く。最初に紹介したけど、全文をふたたび紹介しよう。
民衆への信頼、人間という存在への信頼、今よりすこしでも愛することができる世界をつくっていける、という信頼。そういうことをこの本のページのうちに、ほんの少しでもよいから見つけてほしい。そしてそれがあなたのうちに残ってほしい、と願っている・309p


「それは見つけたし、こんなに忘れっぽいぼくだけど、ぼくのなかに残ってます、フレイレさん」







以下、「訳者あとがき」について


ここで訳者の三砂さんは「フレイレの語り口はブラジル北東部(ノルデステ)のコミュニケーションのありようを学術的に表したのではないかと思うようになった」(313p)と書く。

それは
「唄うようにリズムに乗って、同じようなことをぐるぐると話している。聞いていると話がどちらに向かうのかよくわからない。なんらかの結論に達するときもあるけれど、まったくどこにも話が落ちて聞かない、話しっぱなしのこともある。」


このノルデステの人の話法が『被抑圧者の教育学』に使われていて、「同じことが少しずつ言葉を変えてはらせん状に繰り返されていく」と書かれている。その通りだと思った。


このノルデステで三砂さんは1996年から5年間「人間的な出生と出産」の国際協力プロジェクトに従事していたとのこと。不必要な医療介入が多かったこの地の出産、私立病院では帝王切開の率が90%を超えていたという。それを「人間化(ヒューマニゼーション)する仕事。当初は出産のヒューマニゼーションを定義しようと試みたが、よりよい女性と赤ちゃんの家族の状態をめざして、一歩ずつ進むプロセスそのものがヒューマニゼーションでそこに終わりがないこと、気づけば、それはフレイレがずっといってきたことだった


楠原さんや里見さんとの対話的な関係の中でこの本ができた経過も、このあとがきに書かれている。そう言えば、里見さんのパウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読むはこの本が出る前に読み終えていた。その頃から、新訳を読んでみたいと思っていて、もう5年も経っていたのだった。

議論の多い「オニババ化する女たち」の三砂さんにフレイレの背景があるということを知って、ちょっと複雑な気分だが、そこでも対話的な関係を形成できるんじゃないかと思うんだが、どうなんだろう。

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