‘Nothing About Us Without Us’について(ほんの紹介しない47回目)
‘Nothing About Us Without Us’
について考えたこと。これ、「私たちのことを私たち抜きで決るな」と訳されることが多い。しかし、直訳を考えると、「決める」という話だけではない。「私たちに関することのすべてを私たち抜きで何もするな(何もあり得ない)」という話だ。つまり決めるときだけでなく、「私たち」について、何かの話し合いをするときも、研究をするときも、そこに「私たち」の声がなければならない、という話だ。
「私たち」(当事者)の声とは誰の声か
個人に関わる話であれば、当事者の声とは、その人の声だ。しかし、例えば、障害者全体とかLGBTなどの人たち全体に関することを話し合うとき、あるいは、それに関する法律や規則や政策を決めるとき、具体的に誰の声を取り入れればよいのだろうか?
ここでの考え方としては、少数派(マイノリティ)としての「私たち」の声を意識的に語れる当事者、多数派の意見に水をさせる人がそこに含まれることが望まれていると思う。多数派に迎合しがちな少数派の人が、その場で声を発することに意味があるとは思えない。しかし、少数派のことを決める会議の当事者参加というとき、迎合しがちな人が選ばれているケースは少なくない。
Nothing About Us Without Us とオープンダイアローグ
オープンダイアローグの始まりにもNothing About Us Without Usは関係している。オープンダイアローグのガイドライン『対話実践のガイドライン』の冒頭近くには以下のように書かれている。
1984 年 8 月 27 日。この日は、オープンダイアローグの歴史にとって、特別な日になりました。
この日、オープンダイアローグ発祥の地であるケロプダス病院で、ある取り決めが交わされました。それは「クライアントのことについて、スタッフだけで話すのをやめる」という、とてもシンプルな取り決めでした。
この日を境に、治療ミーティングは原則として、クライアントらと複数スタッフでなされることに…。対話そのものがクライアントとともに治療方針を決めていく場所となり、治療スタッフだけで方針を決める場は不要に…。この一日で、何もかもが変わったのです。
つまり、オープンダイアローグの始まりもまた、Nothing About Us Without Us だったわけだ。治療方針を決める場所に、当事者が治療者と対等な関係で話せる場が必要であり、そのことが治療の効果に有効だとされる。また、このように「本人のいないところでは本人のことを決めない」というのが、オープンダイアローグの透明性の原則とされるが、森川すいめいさんはそれについて、発祥の地でトレーニングを受けたとき、「本人のいないところで本人のことを決めないだけでなく、話さない」のが原則だと学んできたという話だった。
福祉とか支援とか呼ばれる場所で
治療の場でこうなのだから、福祉とか支援とか呼ばれる場所は、一層こうでなければならないはず。それを実施するにあたって、本人が理解できるような言葉やモノや体験で説明すること。そして、本人が決めることが出来るように、本人の気持ちを出来得る限り確認すること。支援者や治療者が必要だと考えても、本人が納得できなければ行わない仕組みや制度が(緊急に自分の生命の危険や他害が起きない限りで)必要だと思う。また、支援者と当事者の間に既存の権力関係があることを自覚する必要もある。
オープンダイアローグにならって言えば、そこで結論を出すこと以上に、対等な話し合いを継続することこそが大切なのかもしれない。
~~~原稿、ここまで~~~
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Nothing About Us Without Us の訳から考えたこと
https://tu-ta.seesaa.net/article/202110article_1.html
と
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