『脱「いい子」のソーシャルワーク』紹介と第1部までのメモ

【いまこそ支援者が脱「いい子」すべき理由|【新刊ためし読み】『脱「いい子」のソーシャルワーク』】 https://note.com/gendaishokan/n/n1cedfb81c591 というnoteがあり、ぼくの読書メモを読んだりするより、この本について、ずっとよくわかるので、本に興味がある人はそちらにどうぞ。

で、この本の内容はAOP(反抑圧的ソーシャルワーク)とは何かという話でもあり、この本に関する出版社のnoteがもう一つある。

AOP(反抑圧的ソーシャルワーク)とは何か|【新刊ためし読み】『脱「いい子」のソーシャルワーク』

https://note.com/gendaishokan/n/nf19cce25b2ec


他に、この本の紹介でいいと思ったのが、野口晃菜さんが書いてた以下

他者と自分の権利を大切にするために必要な視点

https://co-coco.jp/books/4768435823/
野口さんが小学校の非常勤講師として働いたときの苦い経験からAOPのことが書かれている。こんな書評が書いてみたいと思った。


著者紹介と目次は以下(出版社ウェブサイトから)
https://gendaishokanshop.stores.jp/items/6048b138aaf0430bd8bbc6ac


【著者紹介】

坂本いづみ(トロント大学ソーシャルワーク学部准教授)

茨木尚子(明治学院大学社会学部教授)

竹端寛(兵庫県立大学環境人間学部准教授)

二木泉(トロント大学博士課程)

市川ヴィヴェカ(トロント大学博士課程)


【目次】

はじめに

第Ⅰ部 AOPを知る

1 反抑圧的ソーシャルワーク(AOP)とは何か─概論と方向性 (坂本いづみ)

 コラム1 AOPの源流

2 カナダでのソーシャルワーク教育の状況と課題 (坂本いづみ)

 コラム2 ドナ・ベインズによるAOPの10のテーマ

第Ⅱ部 AOPの可能性

3 「私」から始めるAOP─ケアを中心とした社会をつくるために (二木泉)

 コラム3 被爆者・アクティビスト・ソーシャルワーカー、サーロー節子さん

4 ささやき声の共鳴から生まれる私たちのAOP─「しょうがない」の向こう側 (市川ヴィヴェカ)

 コラム4 ささやき声のAOP、実際にやってみたら

第Ⅲ部 AOPと日本の現状

5 日本のソーシャルワーカー教育とAOP─社会福祉専門職教育に今こそAOPが必要な理由(茨木尚子)

6 精神障害と抑圧・反抑圧 (竹端 寛)

7 障害当事者運動にみるAOP─その可能性と課題 (茨木尚子)

8 支援者エンパワメントとAOP (竹端 寛)

終章 明日から始める反抑圧的ソーシャルワークのタネ 

【座談会】(5名の著者)


以下、読書メモ

ぼくが最初に紹介した【【いまこそ支援者が脱「いい子」すべき理由】というnoteに最初に書いたコメントが以下
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2022年6月20日 07:11

遅ればせながら読み始めて、まだ40ページくらいまでしか読んでいないのですが、共感するところ、すごく大きいです。差別や抑圧という社会構造の変革を抜きに語られるソーシャルワークが多すぎると感じていました。

ただ、ひとつ気になるのはAOPを「反抑圧的ソーシャルワーク」と訳しているところが多いこと。表紙には「反抑圧的な実践と理論」と書かれているのですが。

やはり、必要なのは社会運動などを含めた「反抑圧的な実践」なのではないかと思うのです(自らの日常生活や態度も含まれるかも)。その実践の中にソーシャルワークも含まれ、とりわけソーシャルワークの領域で、このことが看過されることが問題なので、そのように意識的に訳されているのかもしれないのですが。

もしかしたら、カナダではソーシャルワークに特化して使われている言葉なのかもしれませんが、やはり必要なのは反抑圧的ソーシャルワークだけではなく、日常生活や広い意味での社会運動なども含めた反抑圧的実践なのではないかと思うのです。

~~~
次にここのコメントに書いたのは以下の抜粋
~~


ココ、ダイジナトコだと思う。

 少なからぬ人が、「それってなんだかおかしい」「変だ」と心の中で思いながら、「どうせ」「しかたない」とあきらめを内面化してしまっている。特に福祉現場の支援者は、もともと他者とかかわりたい、困っている人の力になりたい、という「善意」を持っている人が多い。そして、「善意」の「いい子」に不十分な労働環境で我慢して働いてもらうことで、そのシステムを結果的に温存してしまうような、やりがいだけでなく、賃金も含めた構造的な搾取が蔓延している。でも、「いい子」自身も「どうせ」「しかたない」「力不足は私の自己責任だ」とあきらめを内面化し、不満や怒りを自らに抱え込んでしまっている。

「いい子」は社会にとって「都合のいい子」

本書で紹介する「反抑圧的ソーシャルワーク(Anti-Oppressive Practice, 通称AOP)」は、上記のような構造を「抑圧の内面化だ」と指摘する。本来は社会的・構造的な抑圧や差別を、個人の能力不足や自己責任論というかたちにすり替えて、個人が我慢してそれでおしまい、としてしまうことは抑圧の温存であり、ひいては(無意識であっても!)抑圧に加担していることにさえなるのだ、と。そのうえで、我慢やあきらめを越えて、「おかしいことはおかしい」と声をあげ、同じ考えを持つ仲間とつながり、支援現場や支援組織を変えていくことは可能であるし、実際にできている現場もある。それが反抑圧的実践の成果である。2~3頁

そう、変えなくちゃいけない現状が多すぎるのに、見て見ぬふりをする「福祉関係者」のなんと多いことか。ぼくも時に見ないふりをしている。

もちろん、すぐに変えられないことは多い。例えば、ある地域で入所施設に入るしか選択肢がないような状況がすぐに変えられるだろうか? 仕組みがあっても、支える人がいなければ、家族に頼らない在宅の暮らしは成立しない。

障害者雇用の賃金の低さを変えられるかと言えば、変えられない。しかし、就労すること自体が悪ではないし、働きたいと思うのは、外からの圧力の場合もあるけれども、内発的な動機であることも多い。

変えられないけど、おかしいと思い続けること、機会があるごとに声に出すこと、声を出す機会を作ること、効果的に出来ることを考え、変えるために出来ることをあきらめないこと、そして、そんな指向性を持つことが大事なのだと思う。

比較的に重い知的障害のある人(と呼ばれる人)の多くが、住み慣れた地域で、同世代の障害のない(と思われている)人と同様に生活し続けることが困難な現状を変えるために、何ができるかって考えることもAOPにつながっていると思う。

~~~

第Ⅰ部 AOPを知る


1 反抑圧的ソーシャルワーク(AOP)とは何か─概論と方向性 (坂本いづみ)


 反抑圧ソーシャルワークでは、人々の「生きにくさ」を構造的な力の不均衡から生まれるものと捉える。あなたの能力が不足しているから、我慢が足りないから、「生きにくい」のではない。あなたにそう思わせるような社会的抑圧や構造的な差別が蔓延していて、かつ自己責任論や弱肉強食といった新自由主義的な考え方がそれを後押しし、放置されているから、自殺者も社会的ひきこもりも多い、希望のない日本社会が固定化されているのである。

そんな社会はいやだ! こりごりだ! ちょっとでも魅力的な社会に変えたい! その思いを実現し、「生きやすい」社会をつくりだすために、権力構造のゆがみを是正する。そのためには、支援対象者への共感と支援者自身の自己省察を怠らず、「変えられないもの」と思い込んでいる法や制度、社会規範さえも、「本当にそれでよいの?」と批判的に捉え直し、他の人とつながりながら、建設的批判やそれを実現するための社会的・政治的活動をも行う。

これが、反抑圧的実践を始めるための第一歩であり、本書で伝えたい大きなメッセージである。5p

このあたりは従来のSWの教科書でも、ソーシャルアクションの必要、というような形で語られていた話でもある。しかし、それは、ほとんど語られるだけで、実践に結びついている例はとても少ないし、例えば、いまの日本社会福祉士会が示しているような政権与党にべったり寄り添うようなスタンスでは、構造の変化まで求めないし、彼らが許容する範囲での変化以上のものを求めない、もっと言えば、ほとんど抑圧的なさまざまなことの変化など求めないという形になってしまっているのではないか?

しかし、SWを考えるときに、それだけでは足りないという話もある。 例えば引きこもりの当事者に

「こんな社会はいやだ! こりごりだ! ちょっとでも魅力的な社会に変えたい! その思いを実現し、「生きやすい」社会をつくりだそう!」

と声をかけて、彼や彼女が動きだせるとは思えない。支援する側がそんな思いを込めて、何ができるか考え、出来ることをやっていきつつ、当然だが、従来型の個に特化したSWもまた必要とされる。限られた時間の中で、両者のバランスをとる必要もあるのだろう。そのバランスの軸が、いままで、当事者個人に着目する方に片寄り過ぎていたのではないか。そういう意味では、個人モデルから社会モデルへの転換が必要と言えるかもしれない。 前に書いた社会モデルとエンパワメントの両方が必要」https://tu-ta.seesaa.net/article/200905article_3.html という話でもあり、この本のこの先を読んでいくとAOPもそういう理論だという話だと思う。

  AOPが究極的に目指すのは、社会から様々な抑圧をなくし、みんなが自己実現できる社会だ(Sakamoto & Pitner 2005)。こう言うと、あまりにも壮大な目的に聞こえるために、実現不可能だと思われることだろう。もちろん、ありとあらゆる抑圧を社会からすべて取り去ることは無理にしても、そういったゴールに向かったソーシャルワーク活動がAOPということだ。

 具体的には、個人、家族、コミュニティやグループが経験する問題に影響を与えている社会的抑圧を認識し、顕在化している問題だけを実践の対象とするのではなく、構造的な要因を視野に入れて当事者・クライエントの手助けをする。例えば・・・13p

という話の流れで、レナ・ドミネリの引用がある。

AOPは人を中心とする哲学、平等主義の価値を擁し、構造的不平等が人々に与える有害な影響を減らすことを目的とする。その方法論は過程と結果の両方にコミットし、個人と社会の接点に働きかけ、人々へのエンパワメントを通して社会的ヒエラルキーが人々に及ぼす(悪)影響を縮小する。 (Dominelli 1996)14p

ここを見ると、やはりソーシャルワークと括るのは範囲を狭めすぎていると感じてしまう。

ソーシャルワーク実践とは中立で優しい気持ちを表明する活動ではなく 、活動的かつ政治的なプロセスである。(理念3・4)(部分)19頁

上記はベインズの社会正義に根差したソーシャルワーク実践の核となる10の理念を著者が意訳したものから


そして、面白いと思ったのが、AOPへの批判が6点にわたって記載されていること。(20p~)

以下、タイトルのみ

1,抑圧を取り去るという高すぎる目標

2,抑圧に反対するという反体制的スタンス(協働的視点を重要視してはいるが)

3,当事者が経験する直近の問題解決が疎かになるのではないか

4,マニュアル化できないので、初心者にとっては、実践方法が具体的でなく、どこから手を付けていいのかわからない

5,抑圧をなくすことが目標なら、具体的な介入の終了点が不明確になる

6,交差性や複合差別の視点を適用して、多くの抑圧の軸に焦点を当てる反面、人種差別のインパクトを軽視する可能性がある。(北米の人種差別の状況から)


「こういった批判を受け、本書では新しいAOPの方向性を示したい」とのこと。

というわけで、この本で提示する新しいAOPで、この批判に応えるとのこと。いくつかは簡単に応えられそうだが、応えるのが難しい批判もありそう。


23頁で著者の坂本さんは自らについて、以下のように書く。

 支援を受ける人が多種多様であるように、「いい子」になれない、型にはまれない自分を許し、ソーシャルワーカーやソーシャルワーク研究者自身も多種多様であってよいのだ、と思えるまでには少し時間がかかった。

 そんな筆者が制度内で働ける「いい子」のソーシャルワーカーを目指すことをやめ、その代わりに、当事者への共感とともに、マクロな構造的視点を持ち、建設的批判のできるソーシャルワーカーを目指すことを確認できたきっかけがある。それは、「いい子」(上層部からの指令を達成する者)のソーシャルワーカーが、社会的弱者の迫害の一端を進んで担っていった歴史を学んだことだった。例えば・・・

いつだって「いい子」から遠かった僕には、このAOPは、読んで直ちに、とても共感が持てるものだった。そう、この本、何かに親和性がありそうで、親和性があるものはたくさんあるのだけど、社会運動の世界から、ソーシャルワークという領域に入ったぼくに、とても親和的なものだった。

しかし、ぼくとはまったく違う、逆のタイプのSWもいるだろう。社会変革とか政治とかは出来るだけ遠ざけたいというような、それは多様性の表現なのだろうが、そこから踏み込んでいくことの大切さも伝えたい。他方で、社会運動ばかりに熱心なSWがいても困るだろう。支点の置き場所には多様性があるだろうが、どちらかだけっていうのはまずいと思う。そして、現状では個人にばかり焦点を当て、抑圧的構造に目を向けないSWが多いのではないかと感じているのだけど、どうなのだろう。

また、26頁には、「AOPを学び、実践するうえで不可欠なのは、当事者の声に耳を傾け、その経験から学ぶこと」とあり、当事者・当事者運動のアライとなることの重要性が書かれている。


 コラム1 AOPの源流

34~35頁の「コラム1」のタイトルは「AOPの源流」でAOPの出自や発展の歴史が2頁にわたって書かれている。1960年代以降の社会運動が大きな源流とのこと。ラディカル・ソーシャルワークの説明もあり、それとAOPの連関も推察は出来るが、明確には書かれていない。ここにはクリティカル・ソーシャルワークについての言及はなかったが、13頁でAOPの歴史について、以下のように簡単に描かれていた。

 1980年代末にイギリスで起こったAOPは、1990年代から理論化や体系化が進み、近年、少なくともイギリスやカナダでは、クリティカル・ソーシャルワークの主流の実践理論・モデルと理解されるに至った(Healy 2014)。2000年代にはイギリスやカナダのソーシャルワーク教育の軸として採択されるようになった。アメリカのソーシャルワーク教育ではAOPの普及はまだ進んでいないが、2000年に教育学者であるクマシロが概観的な論文を発表しているし(Kumashiro 2000)、2010年代にはフェミニストのソーシャルワーク研究者によって教科書が発刊されている(Morgain & Capous-Desyllas 2014)。

『解放のソーシャルワーク』によると、豪州でもクリティカル・ソーシャルワークが盛んだとのことだが、こことの連関はどうなっているのだろう。

参照:『解放のソーシャルワーク』(第1章までのメモ)2022年6月追記あり
https://tu-ta.seesaa.net/article/201812article_5.html




2 カナダでのソーシャルワーク教育の状況と課題 (坂本いづみ)


40pの脚注によると、カナダ西海岸のビクトリア大学(10年くらい前、2011年3月に生まれた孫が東京から母子で自主避難してた家の近くだ)ではソーシャルワーク学部長が先住民のソーシャルワーカーでカリキュラムの柱も脱植民地化とのこと(40p)

ところで、この章のタイトルは「カナダでのソーシャルワーク教育の状況と課題」となっているが、中心は日本版AOPを培うために、筆者が伝えたいというA~Gの7つのAOPの原理。

A 自分の立ち位置を省察し、抑圧構造について考え、自分の持つ特権と抑圧状態について思いを巡らすこと(批判的省察の第一歩)

B 内省的省察( critical consciousness )を後押しする「自己変革へと続く成長のための立ちどまり( transformative disruption )

 disruptionという単語を知らなかったので調べた。英辞郎によると
~~

〔望ましくない突然の〕途絶、分裂

・The general strike caused a disruption of services throughout the city. : ゼネストは、市内一帯の公共サービスの途絶を引き起こした。

〔外的要因による〕混乱、崩壊

・My new job caused a disruption in my sleep pattern. : 私の新しい仕事は、睡眠パターンを乱しました。
~~

とのこと。立ちどまりという以上の、強い意味があるそうな感じもあるが、英語のニュアンスのこと、ぼくは知らない。

ぼくだったら、「自分を根本的に変えるための混乱」が必要だって訳すかも。

C 抑圧と抵抗の歴史を学ぶ

 (1)カナダでの先住民への侵略と文化の抹殺の歴史

 (2) 世界化した反黒人差別運動がソーシャルワークに与える影響

 (3) 抑圧・差別の歴史から学ぶ大切さ——日本の福祉教育では?

D アートの可能性

 ここでは「当事者の実践知や暗黙知を表現する手段としてコミュニティ・アートや演劇的手法など」が例としてあげられている。

E 学び合える仲間を育む

F 自分の限界を知り、セルフケアをすることも自分の責務であることを知る

G  批判的省省察の第二歩:構造的変化につながる一歩を探ること


この後に「AOPで社会に変化をもらたす」という節が続く。55p~

女性に対する日本社会の抑圧的状況の紹介の後、女性差別に限らず、この社会の抑圧状況をどう変えるのか、という可能性として5点が例示されている。56~58p

1 当事者として声を上げる

2 アライとして当事者と協働する

3  メディアや専門団体への働きかけ

4  内側から闘う、外側から闘う、外側と協働して闘う、など戦略を立てる

5 「 焦らず、腐らず」声をあげ続ける

というような社会運動の話でもある。


 コラム2 ドナ・ベインズによるAOPの10のテーマ 063~064頁


以下、全文引用


 AOPの文献のなかでも、ソーシャルワーク教育の教科書として広く使われているドナ・ベインズの"Doing Anti-oppressive practice: Social justice social work" (=『反抑圧的ソーシャルワークを実践すること:社会正義のソーシャルワーク(第三版)」、2017)のなかから、「AOPソーシャルワークの10のテーマを紹介したい。社会正義に根差したソーシャルワーク等を専門とし、抑圧と闘うAOPの可能性を理論と実践の両輪で世界に示してきた研究者、そして 教育者であるドナ・ベインズが提唱するテーマだ。10のテーマは、すべての社会問題に対する答えとなる絶対の解決策ではないが、今の社会のあり方に疑問を投げかける姿勢を私たちに教えてくれる。

1.社会の抑圧は、大小にかかわらず、結局は人によってつくられたものであるのだから、人によって変えることができるのを忘れてはいけない。

2. 私たちの世界の見え方は様々な関係性によってかたちづくられる。私たちのアイデンティティとそれに対する抑圧が影響しあって、個人の生きる現実の文脈と力関係をつくりだす。(児島 2018; Sakamoto & Pitner 2005)

3.「日常の中の政治活動(小文字のpの politics)」というように社会で起こるすべてのことは政治的、という考え方に基づいて、完全な中立は存在 せず、社会のなかでの立ち位置が、常に個人の生活に影響しているという批判的視点を持つこと。 

4.ソーシャルワークはサービスとケアを提供するだけではなく、政治的な役割を含む専門職であり、社会的な活動を避けては通れない。社会の不平等が加速度的に深刻化するなか、クライエントのニーズに応えるため のソーシャルワーク実践は、この世界は「誰」にとって生きやすい場か、 権力と資源を持ち、そして自分自身と将来に対してポジティブな姿勢を 持っていられるのは「誰」なのか、という問いに立ち返っていくのだ。

5.当事者の自己変革の道を共に模索すると同時に、不平等とと抑圧を維持することによって利権を得ている社会の仕組みを変革することに挑戦し続ける。。

6.ソーシャルワーカーは、他専門職そして社会の多様なグループと協働して、ソーシャルワークの価値と規範を実社会で実現する最善の道を切り開いていかなければならない。

7.社会的抑圧を利用者との関係で無自覚に再生産しないために、そして永続的な変化を社会に生み出すために、ソーシャルワーカーには自己と社会に対する批判的な視点が不可欠だ。

8.ソーシャルワークを必要とする人々は犠牲者ではなく、レジリエンスや実体験に基づく知を持っている。当事者の声は社会づくりの指針の一部となるべきであり、社会変革のために必要不可欠なものである。

9.自己や現存の社会構造に対する批判的分析は、AOPの本質的な構成要素である。社会問題の構築への自身の関わりに対する省察、現場での苛立ちや落胆などは、理論と実践の精度を高める貴重な実践知である。

10.抑圧に対する完璧な解決策を探すより、多様な批判的アプローチの強みを柔軟に活用することがソーシャルワーク実践に最大の可能性を与 えてくれるだろう。

どのようにこの10個が導かれたのか、気になるが、ひとつひとつ、大切なテーマだと思う。


以上、「第1部 AOPを知る」読書メモ





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