『バザーリア講演録 自由こそ治療だ!』メモ

岩波書店のサイトは
https://www.iwanami.co.jp/book/b313841.html

以下、そこから

バザーリア講演録
自由こそ治療だ!
イタリア精神保健ことはじめ

刊行日 2017/10/06

この本の内容

世界に先駆けて精神病院をなくし,開かれた地域精神保健を実現したイタリア.その改革をリードしたのが精神科医フランコ・バザーリアだ.ラディカルで人間味溢れる思想と実践の全貌が,自らの口から,聴衆たちの疑問や批判にも応えながら分かりやすく語られる.この国の精神保健の未来を描くために必要な知と技がここに!

目次

はしがき (フランカ・オンガロ・バザーリア)

日本語版序文

どのようにして不可能を可能にしたのか(マリア・グラツィア・ジャンニケッダ) 

  

第1部 治療と自由――サンパウロ講演

 第1章 精神医療は自由の道具か抑圧の道具か

 第2章 地域社会における精神医療チームの活動

 第3章 精神医療施設についての批判的分析

 第4章 公共医療における精神医療の統合

 第5章 社会構造と健康と精神病

第2部 医療と権力――リオデジャネイロ講演

 第6章 精神病院における権力と暴力

 第7章 抑圧と精神病

 第8章 科学と人間的欲求への犯罪視

 第9章 国家権力と精神医療

第3部 もう一つの道――ベロオリゾンテ講演

 第10章 ベロオリゾンテへの二つの旅

 第11章 精神医療と民衆の参加

 第12章 精神保健の取り組みにおける代替案

 第13章 精神医療と政治――バルバセーナ精神病院

 第14章 精神医療における「公」と「私」

解説 ブラジル講演は精神病院病ニッポンへの贈り物 (大熊一夫)

訳者あとがき (鈴木鉄忠・大内紀彦)

資料 「一八〇号法」とは何か

フランコ・バザーリア――その生涯と著作

このHPの本の紹介、カバーの袖の文章とほとんど同じだが、微妙に違う。カバーの文章は以下

世界に先駆けて精神病院(マニコミオ)を廃止し、

社会に開かれた地域精神保健サービス体制を実現したイタリア。

その大改革をリードしたのが、精神科医フランコ・バザーリアだった。

最晩年に行われた「ブラジル講演」では、

バザーリアのラディカルな実践と人間味あふれる思想が、

聴衆の疑問や批判に応えながら活き活きと語られている。

精神保健の未来を切り拓く「知」と「技術」が凝縮した

バザーリアの遺言が、いま日本に伝わる!


読書メーターに書いた初期のメモ

~~
****さんの読書会で読むというので、読み始めた。いろいろ面白いが、読み終えられそうにない。とりあえずメモしたくなったのは、バザーリアが
「私が言っているのは、狂気とは何かがわからないということです」(53頁)と質疑応答で答える部分。
~~

と思ったが、読書会前になんとか読み終えた。でも、メモを書くのに半月くらいかけてる。

この本への疑問、どうしてマニコミオという聞きなれない言葉が日本語化されずに、そのまま使われるのだろう? この問いへの答えがどこかにあったと毒素会で聞いたが、忘れた。基本的にこの本では「収容を伴う精神病院」のことをマニコミオと呼んでいると思う。もしかしたらこの本に書いてあったのかもしれないが、記憶にない。

よく読むと、マニコミオは精神病院の俗語表現と訳者の注があったが、これをこのまま使うのが良かったのかどうか?

タイトルの『自由こそ治療だ!』だが、読んでいてバザーリアもけっこう自由な人だと思った。主催者に与えられたテーマをけっこう変えている。

日本語版序文によるとバザーリアが講演を引き受けたのは「何かを伝授したり、モデルになるものを紹介したりするため」ではありません。 とのこと(8頁)


本文にも日本語版序文にも書かれているのが精神病院における施設のメカニズムを破壊する二つのアプローチ

ひとつは、公共支出の削減と精神病者の放置をもたらす米国流のもの

もうひとつは、市民の権利の尊重と治療の代替案の考案をめざすもの

後者が真の意味で「施設のメカニズムを破壊し、マニコミオを克服する」唯一の手段10頁)

物事の分析よりも、 考え方に働きかけ、物語るような語り口を採用し、時系列で話をするのではなく一つの事例として事実を提示し、「変革のための技術」よりも「変革のための論理」にこだわったのです。13頁


出来ることなど何もない、出来るのは本を書くことだけという知識人の悲観主義にバザーリアが対置させたのが

新たな可能性を思いえがき、 それを構築して、証言するという「楽観主義の」政治意志でした。つまり、「 私たちはイデオロギーにどっぷり浸かったまま活動している」けれども、自分自身の社会的な役割を活かしながら、実践と自らの変革を通じて、講師と役割と結果自体を変えようとすることです。14p頁

ここまで。日本語版序文。マリオ・グラツィア・ジャンニケッダというバザーリアの改革運動にも参加した社会学者(この本の原著の改訂版の編集者でもある)(訳者あとがきによる)による日本語版序文に関するメモ。

それにしても、バザーリアのようなラディカルな人が、公立病院の院長というようなポジションを得て、社会的に発信し、その見解が受け入れられ、政策を変えることが出来るというのは、イタリアだからなのか、そういう時代だったからなのか、気になるところ。

精神科病院の院長として、病院に写真家を入れて写真を撮らせ、文章を自ら書いた写真集や著書『否定された施設』という本を書いて5万冊も売り、社会に訴えたというジャーナリスティックな手法も使い、有名人になったバザーリアの”内部告発”に触発されて、68年という時代背景の中で社会変革を求める学生たちがトリエステに大結集し、不足していた12人分の医師の人件費を奨学金に変えることを県知事に認めさせたと解説で大熊一夫さんが書いていた。そういう地道な(?)努力もあり、イタリアの精神医療やインクルージョンの実践が生み出されていったのだろうと思った。

「患者と医療者の緊張関係がなければ、やはり両者の関係に命は宿らないでしょう」 24頁

つまり、患者が治療者の話をただ聞いて、従うだけでは、真の意味での回復は遅い、というような意味なのかと思う。そこに緊張関係を持ち込むこと、真剣勝負のような緊張関係を形成することが重要だということなのだろう。ここでは精神療法についての質問に応えているのだが、精神療法家だけでなく、精神科医についても同様のことが言えるとバザーリアは言いたいのだと思う。しかし、患者と精神科医の関係は、さまざまな意味での緊張関係があり、悪徳精神病院団体の代表(しかし、そんな団体や代表が厚生労働省にも影響力を持っている)が冗談めかして、半ば本気で、「精神科医に銃を持たせろ」とか言っていたのを思い出した。精神科医としての力量がないと、銃が欲しいとか思ってしまうような緊張関係があるのかどうか? そこに対等性を認めないから「銃を持たせろ」とかいう発言が出てくるし、そこで患者との信頼関係を形成できない人だと言うことも明らかになる。

 あらら、話が逸れた。ともあれ、両者の関係に命を宿す患者と医療者の緊張関係 というのは気になる話だ。支援者と被支援者の話にもスライドできる部分があるかもしれない。

そして、その直後にモレノ(*)とフロイトに関して触れた後にバザーリアは以下のように言う。

人類の歴史において意味のある人間とは、矛盾のなかにある緊張関係を見定め、その矛盾を解き明かすことができる人間だと往々にしていえるでしょう。

(*)モレノという心理学者のこと、知らなかったのだけど、「サイコドラマ(心理劇)の創始者」とのこと。
https://kotobank.jp/word/%E3%83%A2%E3%83%AC%E3%83%8E-143056 参照




私たちのなかには狂気が存在しています。

理性が存在するのと同じように、

狂気も存在しています。

文明社会というためには、

社会が理性と同じく

狂気も受け入れなければならないのです。

第2章 本扉(27頁)から

狂気は受け入れられるのではなく、さらなる排除の方向に向かっているようにも見える部分はある。精神病院を出ることは出来ても、出た後も、見えない収容施設のような監視状態というのもありそう。まあ、狂気の種類によりけりという面もあるだろうが。

トリエステでバザーリアは精神病院の外で病と向き合うことになった。そこでは病人の危険性に関する問題が減り始めた。 「病気」とではなく「危機」と対峙し始めた。そして、以下のように言う。

私たちが置かれているあらゆる状況は、「生きることに関わる危機」でs。「統合失調症」という病名ではなく、ましてや施設とかされた状況でも診断結果でもないということが今では明らかです。そのとき私たちが理解したのは、 「統合失調症」とは危機の表現だということです。 29-30頁

病院を出て、地域に行くと生じる新たな矛盾。その矛盾が患者を精神病院に戻そうとする。その時に重要なのが、「私のような専門技術者が支配階級の側につくのではなく、こうした矛盾に苦しんでいる人々の階級と直接的に結びつくことも重要です。 両者が合意するための必要条件を作るには、私が社会の網の目の中に直接入り込んでいくことが大事です。そしてその合意とは、お互いが最大限の寛容さをもつというより、むしろ責任感をもつようになることであり、地域社会の側がそこで起きている問題の責任を担うようになることです」(31頁)とバザーリアは言う。

日本で患者が地域生活を送るために「こうした矛盾に苦しんでいる人々の階級と直接的に結びつき」「社会の網の目の中に直接入り込んでいく」ような精神科医が何人くらいいるのだろう?

注目したのはバザーリアの「私たちが改革に着手したとき、現実には社会に暴力を加えていたといえます。社会に対して狂人たちの受け容れを強いたのです」という発言。そして、そこでもっとも重要なことは「私たちが社会に暴力を振るっていたとき、私たちがその場に立ち会っていたということです。それは暴力が起こした結末を引き受けるためでした」(33頁)という。「社会に対して狂人たちの受け容れを強いた」という表現は現代では使ってはいけない表現なのだと思う。そして、それは、このようにし翻訳するしかないような表現として原文が書かれていたのかもしれない。(仮に原書があっても読めないけど)


36頁では(労働組合のような)「組織された民衆の力に支援を求めています」という。これは日本社会で探すのは大変そう。

バザーリアは社会変革の必要性を以下のように語る。

・・・私は心病む人が、この社会で生きていけるとは思えません。この社会がそうした病人の命を奪うからです。私たちは生きたいと思い、そして心病む人たちが生きていくことを願っているのですから、私たちの役割が社会の変革であることは明白です。しかし社会が生まれ変われば、今こうして生きているよりもましな生活ができるだろうといった幻想の中に留まっていてはいけません。もちろん生活はましになるでしょうが、今ある私たちとこうありたいと願う私たちの間で、そして私たちの「客体性」と「主体性」の間で、いつでも矛盾が生じることでしょう。(36頁)


「理性の悲観主義」から「実践の楽観主義」へ

私たちが世界を変革できるとしたら、これしかありません。(39頁) 


バザーリアは、42~43頁で性の問題についての質問に応え、イタリアで閉鎖型病院があったときに、看護師が娼婦のところに何人かの患者を連れて行ったという例を挙げて、「これは恐ろしいことでした。抑圧された者が、少なからず抑圧されている別の者を抑圧するために出かけていったということだからです」という。当時はセックスワーカーの権利などという語彙はなかったのだと思う。いま、バザーリアが生きていたら、同じように言うかどうか、聞いてみたいもの。ちなみに59頁には別の文脈で「私は娼婦に深い敬意を抱いている」と書かれている。


精神病院で10年過ごした人に必要なのは、「この人は解消できないエディプス・コンプレックスを抱いている」というような類の立派な心理学の議論を展開することではなく、重要なのは、「食べ物があり、お金があり、寝る場所があるということ」50-51頁要約



最初にメモに残した「私が言っているのは、狂気とは何かがわからないということです」(53頁)という部分の少し後に、「狂気は人間の条件の一つです」と言い、「狂気も受け容れなければならない」という本扉の以下の文章が来る。(54頁) それにしても、社会が狂気を受け入れるというのは、どういうことだろうと思たのだが、それは精神病者の症状を受け入れることだ、と考えるとわかりやすい。

続いて、同じ54頁の最後のほうで、狂気と精神病の予防策についての質問があり、
「予防策の大切な一つは貧困との闘いだと考えています」
とバザーリアは応える。

そして、その「貧困との闘いだ」という話を受けて、だとしたら、必要なのは政治家になってしまい、専門職の専門性が二次的なものになってしまうのではないか、それはよくないのではないか、専門職としてのアイデンティティをどう考えるか、という質問があり、それへの答えが興味深いものだった。
その例として挙げられているのが障害児のいる家族の話。社会が障害児を受け入れず、施設に入れることになり、両親は不安になり、ノイローゼのような状態に。そのとき、医者がやるべきことは、ノイローゼの治療なのか、と問う。バザーリアは精神科医なので治療を行う技術はあるが、その介入は家族への抑圧になる。問題は、なぜ息子が施設に入れられなければならなかったのかを、私が両親に説明しなければならないということ。社会に問題があって、息子が施設に送られたのであって、それは政治的な行為であるとともに専門技術的な行為でもあり、精神科医の役割は両親に薬を出すことではなく、事態を理解できるような新たなものの見方を創り出すことだ。というもの。56~57頁
この話が40年以上前の講演録に書かれているというのが驚きでもあるが、両親がそのことに絶望し、自分を責めてノイローゼになる、という話はいまでもありそう。 そのとき、医師がやるべきなのは、状況の説明だとバザーリアはいうのだが、現代に適応させるとしたら、さらにそれを超えて、子どもを施設に送らずに、在宅で見ることが出来る支援体制をどうつくればいいか、という話だろう。専門技術的な行為が親をノイローゼにしたのを、そうではない方法で回復させる、という話だ。

また、61頁には、人を病にする「貧困」について、質問者が指摘している。貧困が物質的でないものの場合にも狂気は生じる。病院を退院した患者に不可欠なのは、食べ物であり、お金であり、寝る場所。そして、それ以上に私たちの誰もが愛情を注がれ、人から受け容れられることだ、と。

これへのバザーリアの返答がこの本の核心部分だと思う。こんな風にいう。

・・・マニコミオを訪れて、私たちに面会に来る哀れな人々に会う時には、どんな精神科医にも統合失調症や躁病などの診断を下すように促します。私にできることといえば、そうした人々を貧困から脱出させるための自由を与え、その人を支援することだけです。そして、その後であれば、もちろん臨床的な診断を下すことができます。しかし、それ以前には不可能です。私の考えでは、貧困と狂気は非常に近いところにあります。まさにこうした理由で、貧困状態にあるときには、狂気を見つけ出すことは不可能です。62頁

文脈から考えると、【どんな精神科医にも統合失調症や躁病などの診断を下すように促します】というのは変だと思う。誰がなぜ診断を下すように促しているのか? 後半で、自由を与えた後でなければ、そんな診断はつけられないと書いてあるので、そのつながりがとてもわかりにくい訳になっていると思う。私が誤読している可能性は高いけれども。
そして、その「狂気」の原因は貧困にあるのか、精神病によるものなのか、見分けることは困難なので、まず、その貧困から抜けだせるようにすることが、重要だ、そういう意味で「自由こそ治療だ」という話なのだった。同様のことは収容型の精神病院に収容されている人にも言えるのではないか。一般的に入院の状況はとても「貧困」に近いのではないか。入院が病気を悪くしていて、入院状態から脱出させなければ、本当の意味で診断は出来ない、ということも出来そうな気がする。

同時に上記の質問の愛情については、以下のように返答している。

 また別の観点から考えてみると、愛情が人間関係にとって基盤であるということに私は賛成です。今思い出しているのは、ベッテルハイムの『 愛は全てではない』という書物です。愛情が雲間に隠れているように漠然としているときは、それだけでは十分ではありません。愛情は社会と家族における現実の絆に根ざしていなければなりません。また愛情は抑圧のなかに生まれるのであって、自由のなかに生まれるものではありません。 (中略) おそらく愛情とは抑圧の手段であって自由の手段ではない、ということが見て取れるのです。 62頁

 この解釈は微妙なのだが、現代の知見から考えると、地域の人から受け容れられるということは、愛情の問題ではなく、誰もが有している人権の課題である、と言うことが出来るのではないか。しかし、家族や身近な人には、やはり「愛情を注がれ」、「受け容れられ」たいし、それを拒絶されたとき、精神が病むということもあり得るのかもしれない。

次の質問は「社会の一員になる能力のない人を受け容れる、という温情主義に賛成できません」というもの。それに対して、バザーリアは以下のように応える。

温情主義的な申し出に終始してしまうことはないと思います。この社会がマニコミオから退院してきた人をしぶしぶ受け入れるということは、 これまでにも多々ありました。しかし、人が生存のために闘うことを、特に社会は受け容れるべきです。そしてそうした人には、闘うための武器を与えなければなりません。自分の病の問題を解決しなければならないということのほかに、本人は愛情やお金や仕事を必要としているからです。これは必須の要素であり、それらがあれば他者と競う合うことができるのです。こうした必要不可欠な資源があってはじめて競争が可能になり、自分を表現できるようになるのです。もし私が貧困のなかにいるとしたら、それはいつでも他者に従属しているということです。 63頁

この返答も、現代の知見から考えると、微妙な部分を含む。しかし、時代背景を考えると、とても先進的であり、いまでも先進的な部分もあるだろう。

まず、「社会の一員になる能力のない人」というようなことをいう人がいたら、現代なら、以下のように応えるべきだろう。

「そんな人はいない。誰もがありのままで社会の一員になる権利があり、それを社会は受け容れる義務がある、そのための合理的な調整を行う義務を社会は有している」と。そして、社会に出るために、「本人が武器を与えられる」ということよりも、社会の側が調整し、インクルーシブな状況を作ることが求められている。

 しかし、インクルーシブからは遠い現代社会で、バザーリアが言う意味での「武器」はあるに越したことはない。別の言い方をすれば、これらのなかで可能なものは、本人ではなく、社会が準備する必要がある。ただし、「愛情」は、少し違う側面もあるだろう。とりわけ、家族からの愛とか、どうしようもないことは多い。社会が整えば、家族も愛を持って本人を迎えることが可能になる場合もあるだろうが、それだけではないだろう。



抑圧や施設化の問題は精神病院だけではない。社会全体の構造の問題。工場・刑務所・学校。

「私たちが話し合ってきた施設は、国家構造を守ることを使命として張り巡らされたネットワークそのものであり、市民にとってではなく、国家にとって役立つものです」

こうした状況の中で、市民の役に立つように、市民の欲求に応えるように、こうした施設を一掃するか、変革する。

精神病院は治療するためではなく、患者を破壊し、患者の逸脱や非生産性を管理するために存在。精神病院以外の一般の病院も同じ。医師と患者の関係はいつも、医師に対する病人の従属。そこには相互的な関係はない。相互関係がなければ自由もない。課題は、この関係をいかに変えていくか。

知識と権力の矛盾が課題となる。教師の職務は、生徒に対して、このまま矛盾を保ち続けること。こうした矛盾を介して教師は自分の知識を生徒に教える。

この関係の中で、知識が権力となる。例えば、医師養成教育の中で。また、知識が不足していても、権力が矛盾を解消する手立てとなる。

実践の楽観主義が、権力関係と社会組織を変える。実践の楽観主義に権力は自分自身の矛盾に持ちこたえられなくなる。(99ー104頁要約)

ここに付け足す言葉はない。


 私の考えでは、狂気とすべての病は、私たちの身体がもつ矛盾の表出です。身体と言いましたが、それは器質的な肉体と社会的な身体のことです。病とはある社会的な脈絡のなかで生じる矛盾のことですが、それは単なる社会的な産物ではありません。そうではなくて、私たちを形づくっている生物学的なもの社会的なもの心理的なものといった、あらゆるレベルの構成要素の相互作用の産物でもあるのです。108頁

「社会的な身体」とは具体的にどのような状態を指すのだろう。



英国における治療共同体の経験が少し書かれている。スタッフと患者というような区別がどれくらいあるのか不明だが、一緒に働き、役割を持つことが回復につながった。しかし、継続はせず、小さな孤島のようになった。115頁


英国の精神医療は社会的な側面に初めて目を向けた。しかし、それは旧来の収容型精神病院的な管理を再利用しているにすぎないことをわからせた。なぜなら、社会組織が病気を克服した人を必要としなければ、社会はその人を再び収容型精神病院に送り返す。すなわち、新しい共同体の運営方法は、暴力的ではないが、控えめな収容型精神病院式の運営以上のものではない。116頁


収容型精神病院を治療共同体的な方法で改善しても収容型精神病院は収容型精神病院でしかなく、管理の場であり、治療の場にはなり得ない。 だから、精神病院を廃止するしかない。119-120頁

上記ではマニコミオと表記されているところを収容型精神病院に置き換えた。


15年間、精神病院にいた人は、病気で病んでいるのではなく施設が原因で病んでいる。125頁


トリエステでの5万人の人口をカバーする精神保健センターが急性期の患者に対応。それぞれは35人のスタッフを抱える。救急チームも兼ねていて、総合病院や市のあらゆる場所から呼ばれる。入院できる病院があると、そこに頼ってしまうのでダメ。こうした取組に地域の人々がどのような管理やチェックが行えるかが鍵。125ー126頁要約


もし私たちの分析が正しいなら、あらゆる医学的知識の内容は病人を管理し抑圧するためにある、ということを認めなければなりません。病人は主体として治療を受けるのではなく、病人が生産の歯車の中に戻れるように、治療は行われます。私たちが精神病の問題に向き合うためには、精神医学の知識、精神分析、薬物療法、電気ショック、インスリン療法、脳外科といった、医師たちが利用してきた全ての方法と手段を議論の対象にしなくてはなりません。133


差別や矛盾を解消するために、自分が去勢して男であることをやめたり、医者であることを辞める必要があるだろうが、

「しかし私は、人としてこの矛盾を生きたいと思います」(135頁)

とバザーリア。ぼくは医者じゃないけど、やっぱり矛盾を生きるしかないのだなぁと思う。「男」であり、「健常者」であり、ときに「支援者」という差別する側、権力を持つ側であることに自覚的でありたいと思う。


【重要なのは不可能を可能にすることなのです】

・・・

しかし、ある行為を広めることができたとしても、それがそのまま勝利を意味するわけではありません。大事なことは別にあります。つまり、不可能だと思われていたことも可能になるということを、人々が知っているということが大事なのです。153頁


【私と一緒に仕事したチームの訓練方法は共同学習】154頁


医学はあまりにも重要なので、医師の手に委ねることはできません。社会と病人の関係性の仲介者としての医師によって、医学は実践されるべきものです。そうでなければ、医師は病人の支配者になってしまいます。・・・。

民主的な医師が(これ以上マニコミオを受け入れず破壊しようとする)抑圧からの解放を願う人びとの支援を求めるのはこのためです。 どのような人たちの支援でもいいというわけではなく、民衆組織の支援や労働者団体の支援を必要としています。医療行為を監視できるのは、組織された当事者か、そうでないなら政党の党員や労働組合の組合員だけだということがわかっています。 159頁

確かに医療行為を監視するのは難しい。医療行為を監視できるのは個人ではない、とバザーリアは書くのだが、現代であれば、ネットを通して、しかし言い放題ではないような形で監視する方法はないだろうか?


私は反精神医学の人間ではありません。反精神医学者は私が拒否している知識人の典型だからです。私は患者に対して、これまで与えられてきたものとは別の応え方をしたいと願っている精神科医です。幸いにも、新たな人間主義に向けて物事は動いていますし、人間性が進歩によって損なわれることはないと思います。人間はいつでも自然と闘ってきました。 しかし今日では、自然に闘いを挑んだところで、人間を殺すことになる結末を手にしてしまうという矛盾のなかに私たちはいます。もはや自然とのあいだには、矛盾ではなく対立があるのです。 164頁

反精神医学の話から人間と自然の対立の話につながる脈絡が意味不明。誰か知ってる人がいたら教えてほしい。また、 反精神医学は生まれる必然性があったのではないかと思う。 バザーリアは「反精神医学者は私が拒否している知識人の典型」というのだが、反精神医学者もいろんな人がいるんじゃないだろうか?


第3部 もう一つの道


私たちが求めているのが、

新たな医療福祉ネットワークの創設です。

それは、苦しむ人間が心から望むものに寄り添った仕組みです。

当事者が暮らす家のそばに設置されるものです。

私を支えてくれるのは、

私を薬漬けにしてしまう医師でもなければ、

私を搾取する医師でもありません。 169頁


第3部の扉に使われているここはバザーリアにしては常識的なあたりまえのことを言っているなぁと思う。 

アルコール依存症者や薬物依存症者には、精神的な問題があるのでしょうか。私は何一つないと思います。彼らの問題は、社会の矛盾と結びついています。だとしたら、私たちはこう自問せざるをえません。なぜアルコール依存症者は酒に手を出し、 薬物依存症者はドラッグに手を染めるのだろうかと。その理由は明らかで、自分たちが生活している社会の圧力や暴力に耐えられないからです。 174頁

精神的な問題が何一つない、とまで言ってしまう。じゃあ、精神的な問題って何だろうと思う。翻訳の問題かどうかはわからない。

「今朝、私がしなければならない議論は単純ではありません」で始まる180頁。

それは「精神医療と民衆の参加」という内容。しかし書かれていることはとてもシンプル。「自分の治療に本人自らが参加するという意味」 。どうしてこれが単純ではないのかわからない。


「精神病者の器質的な損傷を証明できる客観的な要素は一つもありませんでした」183頁


 「精神病は存在しない」などとは、私はこれまで一度も言ったことがありません。・・・私は精神病の概念を批判しますが、狂気を否定しません。狂気とは人間であることの条件だからです。問題はこの狂気にどう立ち向かうのか、この人間ならではの現象に対して、精神科医はどのような態度を取るべきなのか、そしてこの欲求にどう応えることができるのかということです。私たちが目にしてきたのは、これまでに出された回答のすべてが間違いであること、そして狂気を合理化した精神病という概念はバカげたものだということです。こうした考え方は間違っているのではなく、バカげているのです。統合失調症という病名をつけることは、患者から距離をとるために、つまり統合失調症の患者に対して権力をもつために、たんに医師にとって都合のよい烙印を押すことなのです。191頁

精神病は存在しないのではなく、そして、現在使われているその概念を批判するが狂気を否定しない。狂気を合理化する精神病という概念は間違っているのではなくバカげている、という話だ。間違ってはいないが、バカげているという言い回し、けっこう微妙。翻訳の問題もあるのかな?

マニコミオを開放すると、本当の意味で頭がおかしくなるのは精神科医(192頁)


精神医学はマニコミオそのもの。なぜなら、マニコミオなしには、精神医学はそれ自体のアイデンティティを維持できないから(198頁)


 深刻な事態だといえるのは、隔離収容型の精神医療の現実とともに、地域精神医療やセクター制といった新たな精神医療の現実があるということです。精神医療に対する批判によってもたらされた新技術が、新しいかたちの精神医療組織を生み出しました。しかし、この組織はマニコミオの論理を「地域」という語彙で再定義したものに過ぎません。つまりこの医療の世話になる人は、減るどころか増えることになるのです。隔離収容型の精神医療という現実の向こうには、マニコミオの外の管理があるということです。202-203頁


1968年、息子が家出。このとき受けた強い衝撃が私を成長させた。悪い父であり、最低の夫であり、優れた革命家だったわけで、ここから、私の内面の本当の闘いが始まった。 他者の個性を尊重しながら、自分の個性を主張する。 この原則を守れないから、闘いを始めることは出来ない。206ー207頁要約


トリエステでバザーリアたちは「緊急(エメルジョンヴァ)」と名付けた医療チームを組織。24時間待機。市中の必要な場所に行って、危機に対処。その二つの手段として、1,強制収容、2,危機の解決(社会に拒絶された人がもう一度その世界に戻れるように支援し、社会に復帰させること。)向き合わなければならない状況が刻一刻と変化するとき、家族の問題、病人の問題、医師の問題を含めて、すべての問題を誰の目にも見えるようにする必要。みんなが一緒になって解決の方法を探ることによって、問題を成熟させることが出来る。問題への介入はあらかじめ決められたやり方ではなく、一人ひとり異なる。207-208頁要約



そこに「あいだ」はないのかと思ったのが、医師には二つの可能性があるという話。一つは今まで通りの医師=反動的な政治家であり続ける可能性。もう一つが、反抗をくわだて、自分が属する階級を見限り、抑圧された階級の側につく可能性、という話。(211頁) この辺りは60~70年代の活動家だなぁと思わせる部分。


「精神医療は、いつでもイデオロギーに利用されてきました。これに対抗するために私たちは闘っています。それはイデオロギーとしての別の精神医療を創り出すためではありません」創り出さなければならないのは、イデオロギーではなく抑圧された人びとのニーズに出来るだけ応えるための実践。 212頁

とバザーリア。この講演録を読むと、それを肯定するかどうかはともかくバザーリアの議論は、とても階級的だという意味でイデオロギー的な感じはある。とりわけ、いまの日本からバザーリアを見ると、そう見えると思う。しかし、そもそも「階級的」とかいう形容詞は、もうとっくに使われなくなったなぁ(遠い目)

統合失調は青年期に発症する病気で、その特徴である「自閉」は「生活のなかから受ける衝撃を避けるための若者の防衛反応(213頁)、だというのだが、発症するのは青年期という記述はどうだろう? 青年期に発症してる人が多いのは確かだが。そして、それは防衛反応であるだけでなく、抗議でもあるのではないか。


 医学モデルの民主化は、とても難しいと思います。(略)、医療福祉の問題に関して、医師たち自身が民主的にならないろしたら、民主化することが出来ないとしたら民主化を実現することなどできません。したがって、民衆の力で医師の態度を変えさせていかなければなりません。医師みずからが、権力という特権や経済的な恩恵を放棄することは、とても考えにくいからです。218ー219頁

いろんな医師がいると思うが、全体としてはこうなのだろう。


 ・・・、病気の予防あるいは健康の維持というのは、早期診断を行うことではなく、 病気の原因になっている状況を労働の場合生活環境の中で連携することを意味しています。 労働環境というのは、病気を生み出さないようにはなっていないので、こうした点検を実践するなら、医師は行動の人となり、工場のなかで奮闘することになります。 (中略)。医師は機械的に患者に薬を与えるのではなく、労働環境がどうなっているのかということを、医療従事者たちと議論するようになるのです。

 当然ながら、医学の意味が変わり、私たちがバルバセーナで目の当たりにした恐怖はなくなります。医師の役割は、バルバセーナで精神病の研究をすることではなく、市民社会のなかでこうした自体が起こらないようにすることになります。これが、私たち医師に期待されている任務です。225頁

227頁では犯罪精神病院または司法精神病院を廃止し、殺人を犯した犯人は裁判を受けなければならず、精神病院への収容に関する法律を廃案にするものでなければならないというような記述があるのだが、あまり明解ではない。イタリアでは司法精神病院以外の公立精神病院が廃止されたとある。ということは司法精神病院は廃止されたわけではない、という話でもある。



また、資本主義国家の下で、「私たちが手にするのは、多かれ少なかれ改良主義的な改革」であり、「それを積み重ねていくことにより、国家の論理を変えていく、とりわけ人びとの文化の論理を変えていくことです」(237頁)という記述は、亡くなった武者小路さんが紹介してくれた「非改良主義的改良」を想起させる。


以下は『人間安全保障論序説』からの引用

「非改良主義的改良」は、訪日講演(アソシエ、2002年4月21日)の際にNancy Frazerが強調した論点による。改良主義は、体制の枠内での問題解決のみに政策を限定する主義であるが、「改良」政策の中には、これを推進すれば、必ず体制自体の変革につながらざるを得ないものもある。非改良主義的改良とは、初めから体制変革を打ち出さないけれども、その推進する改良が、必ず体制そのものの変革を導き出す「改良」をいう。

2005年12月05日 読書メモ 人間安全保障論序説 https://tu-ta.seesaa.net/article/200512article_3.html から


237-238頁には、バザーリアが訪問した二つの私立病院に関して、良い(と言われる)私立病院も酷い私立病院も目的は金儲けなのだからと、ほぼ切り捨てられる。この私立病院はみんなダメみたいに読める書き方はどうかと思う。


米国ではお金がかかるという理由で精神病院を廃止し、高齢者は老人福祉施設に、子供は児童養護施設に、そして成人は路上に放り出された。 イタリアでは正反対のことが起きた。収容されてきていた人々を救い出し彼らを護るためにマニコミオを閉鎖するということ。(241頁)


私たちがマニコミオの閉鎖を望むのは、それが市民の人権を踏みにじっているからです。そこで私たちが求めているのが、新たな医療福祉ネットワークの創設です。それは、苦しむ人間が心から望むものに寄り添った仕組みであり、当事者が暮らす家のそばに設置されるものです。生活で私たちを支えてくれるのは、医師の論理を振りかざすような医師ではありません。また不調を訴える私を薬漬けにしてしまう医師でもなければ私を搾取する医師でもありません。 大切なのは、私が心から必要とするものに応じる医師であり、私の病気を予防し、私の健康を見守ってくれるような医師が傍らにいるということです。民主主義を標榜する国家に対し、私が強く要求するのはまさしくこのことです。国家の財源で創設することこそが代替案だといえるでしょう。 242頁


この本の本文は看護師の話で締めくくられる。質疑の中でバザーリアは以下のように応える。

・・・私はこの質問を待っていました 。なぜなら私にとって、医師より低い立場に置かれた医療従事者である看護師の存在は、 変革をめぐる議論の中心にあるものだからです。看護師と医師の変革に、私たちは力を注がなくてはなりませんが、( 中略)。私の実践から得られた提案をしたいと思います。246頁


 その二つとは、医師が立ち向かうべき二つの問題。ひとつは医師養成に関する問題で、もう一つは医師になった後の問題。まず、医師養成について。医学生は、大学で勉強しながら、病院以外の現場にも出て、より広い社会の中の人びとを見て、病がどのように現われるか、いかにして工場が人を破壊するか、家族関係がどのような対立や理不尽な矛盾を生み出しているか、余暇の時間がどのように人の疎外につながるかといったことを目に焼き付ける必要がある。これこそが医師の養成の真の意義であり、人間の身体にはいくつの脊椎があるかといった知識よりも大切。
 すでに医師になった人は、自分が勤める施設のの改革に着手すること。そして病院内部の社会の抑圧のメカニズムを見つけることが不可欠。

 その後、看護師の話に入り、本文の終わりまで看護師の話が続く。病院を改革しようとするとき、職を失う危険を感じて看護師が抵抗すること。このことを理解しなければならないこと。その上で足並みをそろえて変化を起こすために、看護師が変化の方法と変化への意思を見いだせるのは組織と団結力のなかだけ。そして、看護師は「病人」としてでなく、同じ階級に属する抑圧された一人の人間として、心病む人との団結を見出すことになるだろう。というようなことの後に、以下のように書かれている。

明らかなのは、こうして問題について語っていくうちに、医学や精神医療の問題は消え去り、精神医療と保険の問題は、まさしく政治の問題として見えてくるということです。

確かに精神医療の問題については、政治の問題である側面は大きいにもかかわらず、そのことが意識されていない。その意味で、このように語る意味も大きいと思うが、「医学や精神医療の問題」を消し去ってしまうというのはどうだろう。


またバザーリアは医師、ソーシャルワーカー、看護師という分業に基づく組織が、保健医療を崩壊させているという。経験を積んだ看護師は並みの精神科医が持っている知識はあり、医師がやってることは難なくできるはず。医師と看護師の違いは知識の差ではなく権力の差。そこで立ち向かわなければならないのは「仕事を置き換える」こと。バザーリアは、「たとえば私は院長だったが看護師がすることになっている仕事を何度も行った」という。しかし、これもちょっと上から目線な感じが匂う。


ともあれ、この先で看護師の仕事について考察し、以下のように書かれている。

 看護師をするというのは、どういうことでしょう、。なぜ「雑用係」と呼ばれているのでしょうか。(雑用係(アテンダンテ)の動詞形である)「付き添う」(アテンデール)とは、「何かに専念する」「誰かと一緒にいる」「世話をする」という意味です。まさにこれが看護師であるということ、「傍らで手助けをする人」という意味です。近くにいて手助けをするということは、保険分野に携わる全ての人に冠せられる名前であるべきでしょう。251頁

 ここで、バザーリアが言っているのは、「ケア」の大切さという話だろう。そして、「水平的な組織が不可欠になる」「それぞれが別々の役割を担うのはもちろんのことだが、そこで要になる考え方は、権力関係の順序ではなく、いつでも知識をもった者に基づいていなければなりません」と言う。「仕事を置き換える」のは「それぞれが別々の役割を担う」なかでという話だとここで気づく。そして、ここに書かれているのは、水平な関係でオープンに話すというオープンダイアローグ的な話でもある。(本文のメモここまで)


解説で大熊一夫さんは米国で精神病院から地域に出て暮らす例の部分の「旧来のマニコミオの取って替わったのが、町全体を包み込んだある種の巨大マニコミオだということです」で閉じる部分を引用している。258頁

収容型の精神病院を解体したあとに、地域で放置するのは違うが、ひとつ間違えたら、こうなる。巨大マニコミオにしないためにどのような仕組みが必要なのかが問われている。



バザーリアは『理性の悲観主義』に対して『実践の楽観主義』というビジョンを打ち出し、今日とは違う明日が来ることを諦めなかったと訳者あとがきにあった。


そういえば、革命的楽観主義とかいう言葉があったのを思い出した。誰が最初に言い出したのか、検索してもわからなかった。



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