8年目の津久井やまゆり園事件関連の神奈川新聞の報道
社説
やまゆり園事件8年 当事者意識欠かせない
社説 | 神奈川新聞 | 2024年7月26日(金) 09:00
相模原市の県立知的障害者入所施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件から8年がたった。その後も障害者の尊厳を傷つける虐待は後を絶たず、県立入所施設でも職員による虐待が相次いでいる。
植松聖死刑囚は施設職員の経験を通じて差別感情を膨らませた。その教訓は生かされているのか、疑わざるを得ない状況が続いている。
障害福祉関係者はとりわけ重い責務を負っているが、特異な事件だとして人ごとと捉えてこなかっただろうか。死刑囚個人の問題と矮小(わいしょう)化する見方が、虐待に歯止めがかからない現状につながっていると考えざるを得ない。いま一度、事件の背景を見つめ直し、虐待根絶へ根本的な対策を取ることが欠かせない。
事件後に県立施設での支援実態の検証が進められ、一定程度改善が進んだ。そうした中、愛名やまゆり園職員が昨年11月、入所者に暴行し重傷を負わせたとして傷害容疑などで逮捕された。園ではその後も虐待が起き、県から新規入所者受け入れ停止6カ月の行政処分を受ける事態になった。県所管の入所施設で初の処分で、極めて憂慮すべき状況だ。
愛名園の事件の公判で、被告は行動障害のある人を支援する力量が不足していたことを認めた上で、職場で虐待が常態化していた影響で入所者を対等な人間として見ることができなくなり、自らも暴力を振るうようになったと述べた。
問題の根深さを感じさせる証言である。運営する社会福祉法人「かながわ共同会」は第三者調査委員会を設置しており、徹底した真相究明を求めたい。津久井園と同様に共同会が運営する施設で虐待が相次ぐのはゆゆしき問題だ。8年前の教訓がどれほど共有されてきたのか、当事者意識が問われよう。
県立施設で虐待が相次ぐ背景には、地域や民間施設で対応が難しいとされた人が集められる結果、支援が追い付かなくなるという構造的な問題が指摘されてきた。
施設とは縁遠く感じている多くの県民も無関係ではない。地域が誰もが暮らしやすい場でないからこそ施設に入らざるを得ないという地続きの問題だ。地域社会もまた変わらなければ虐待は根絶できない。
やまゆり園事件8年
絶たれた19人の命、胸に刻む 津久井園の女性入所者が新たな一歩
社会 | 神奈川新聞 | 2024年7月25日(木) 05:00
県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で起きた殺傷事件に直面した入所者の女性が、愛着のある茅ケ崎市での新生活を目指している。突然命を絶たれた19人の分まで、自分らしい人生を歩みたい-。その思いを胸に新たな一歩を踏み出そうとしている姿を、26日に同園で開かれる追悼式の式辞で伝えるつもりだ。
「生きていなければ、こうして話し合うこともできませんでしたよね」
記者と向き合った奥津ゆかりさん(55)は、命の尊さをかみしめるようにそう語り始めた。
事件当時、元職員の植松聖死刑囚(34)=殺人などの罪で死刑判決が確定=が最初に侵入した1階の「にじホーム」で生活していた。自身はけがを免れたが、同じホームで暮らしていた女性5人が亡くなった。事件が頭をよぎることが今もある。
追悼の思い、折り鶴作り続ける
5人の中には、親しかった60代の女性もいた。「(園内での作業で)おやつを作ってくれたことがあり、おいしかった」。在りし日の写真と思い出をずっと大切にしている。19人への追悼の思いを込め、折り鶴を作り続けている。
奥津さんは別の施設などを経て15年ほど前、園に入所。入所者でつくる自治会の会長を務めるなどし、思い入れが深く、事件後も住み続けたい気持ちが強かった。
だが今年、転機が訪れた。「若い頃に過ごした」茅ケ崎市内のグループホーム(GH)で生活体験を重ねる中で「育った茅ケ崎は海が近い。もう一度、暮らしたい」との思いが募った。うまくいかなかった過去もあるが、奥津さんは「挑戦したい。それが私の意思」と前を向く。
園は、社会福祉法人「かながわ共同会」が指定管理者として運営。事件を機に、入所者が望む暮らしを実現させるため、本人の意思を丁寧に確認する「意思決定支援」の取り組みを重ねている。奥津さんの住まいの場について、担当職員の小林智さん(47)は「青春期の記憶が残り、知り合いもいる茅ケ崎でさまざまな人と関わりたいという本人の思いの実現に向けて力を尽くしたい」と話す。
一方で、入所者の地域生活への移行は思うように進んでいない。園は2023年度からの5年間で入所者全員(現在55人)の移行を目標に掲げており、これまでに3人がGHでの生活を始めた。本年度はさらに奥津さんを含む数人が検討されている。ただ8年前の事件後から移行したのは計12人にとどまっており、目標の実現は見通せていない。
背景にあるのが、重度の知的障害がある人に対応できる事業者や支援者が不足していることだ。そのため、職員が移行の検討を重ねても、保護者の理解を得るのが難しいという。同園の永井清光園長(54)は県に対して「県立施設の在り方を議論するだけでなく、地域生活の『受け皿』づくりも進めるべきだ」と訴える。(成田 洋樹)
相模原市緑区の県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件から8年がたったのに合わせ、重度の知的障害がある人の地域生活について考えるシンポジウムが27日、同市南区で開かれた。施設から地域生活への移行が進まない中、事件後に移行した当事者の保護者らが登壇し、課題を探った。
事件で重傷を負った尾野一矢さん(51)は4年ほど前から、重度障害者の生活を公的に支える重度訪問介護(重訪)を使い、介助を受けながらの「支援付き1人暮らし」を続けている。
父の剛志さん(80)は事件後に重訪に取り組む支援者の後押しを受け、「息子は施設で暮らしていれば幸せだと思っていたが、間違いだった」と気付き、「本人は今、思うがままに生きていると思う」と語った。
平野和己さん(34)は2018年5月に園を退所、横浜市内の社会福祉法人が運営するグループホーム(GH)での生活を始めた。同年秋には行動障害の影響で同じ法人の入所施設に移ったが、GH生活に戻ることを目指している。平日は作業に汗を流し、休日はヘルパーとの外出を楽しんでおり、落ち着きを取り戻している。父の泰史さん(73)は地域移行の課題として「行動障害に対応できる事業者を増やす必要がある」と述べた。
東京家政大の田中恵美子教授は重訪利用者数について、一部の知的障害者も対象に加わった14年度と比べると、23年度は約3倍の1126人に増えたと説明。ただ報酬単価が低いなどの理由で事業者数は増えておらず、「必要な人に届くよう事業者やヘルパーを増やす対策を講じ、対象者を拡大する制度変更も必要だ」と指摘した。
集会は、障害当事者や家族、支援者の有志でつくる「津久井やまゆり園事件を考える続ける会」の主催で開催された。(成田 洋樹)
まゆり園事件8年 差別の構造を考える
SNS上の攻撃なぜ起きた えたいの知れぬ憎悪の渦、3カ月で80万件
社会 | 神奈川新聞 | 2024年7月24日(水) 05:30
2016年7月26日に神奈川県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で入所者ら45人が殺傷された事件から8年。障害者に対する差別やヘイトスピーチはいまだ横行している。社会構造に基づく差別の実態を追った。
憎悪の渦にのみ込まれるような体験だった。
2021年4月4日。コラムニストの伊是名夏子さん(42)はブログを投稿した。タイトルは≪JRで車いすは乗車拒否されました≫。
伊是名さんは生まれつき骨の弱い障害があり、車いすで生活している。
投稿の数日前、旅行に出かけた際、JR小田原駅で来宮駅(静岡県)が行き先だと告げると、無人駅でエレベーターがないことを理由に「案内できない」と駅員に言われた。
事実上の乗車拒否で、障害者差別解消法が定める「不当な差別的取り扱い」に当たる。
「駅利用者に車いすユーザーが想定されていないと、改めて感じる出来事だった。問題を可視化することで、1人でも多くの人に一緒に考えてもらいたいと思って投稿した」
私も殺されるかも…
だが、直後から交流サイト(SNS)には非難や批判の声が上がった。
「わがままだ」「クレーマー」「タクシーを利用しろ」
ニュースで取り上げられると言葉の暴力性が増し、インターネット上には差別的言動(ヘイトスピーチ)が吹き荒れた。
≪出来損ないカタワ者の癖に生意気だぞ≫
≪障害者がいなくなればどんだけ税金減らせられるんだよ 害虫駆除しろよ≫
匿名掲示板「5ちゃんねる」に秒単位で罵詈(ばり)雑言が書き込まれ、殺害をほのめかす投稿まで出始めた。
≪こういう奴を殺すことから革命は始まる≫
≪障害者だけどやってることはヤクザと一緒≫
≪障害者ヤクザなんだから殺すしかない≫
中には、津久井やまゆり園事件で、殺人などの罪で死刑判決が確定した植松聖死刑囚に触れたものもあった。
≪第二の植村聖がこの女を殺せばすべて解決≫
≪植松聖君は本当に正しいよ。彼は当たり前のことをしただけ≫
≪障害者は全て殺せ 植松を称(たた)えよ≫
私も殺されるかもしれない─。顔も見えない、名前も知らない、えたいの知れない相手の攻撃が、ネットを飛び越えてくるのに時間はかからなかった。
心が疲弊し、家族関係もぎくしゃく
伊是名さんへの攻撃はインターネット空間を越え、実生活にまで被害をもたらした。
自宅の住所、家族の氏名や勤務先がネット上にさらされた。伊是名さんや家族が不正をしているというデマまで拡散された。
程なくして、自宅の外観写真と「気を付けたほうがいい」と書かれた文書が自宅ポストに投函(とうかん)された。「不正している人を雇うとはどういうことか」という嫌がらせや脅迫めいた電話が仕事の関係者だけでなく、パートナーや家族の勤務先にまで幾度もかかってくるようになった。
「心が疲弊し、家族の関係もぎくしゃくするようになった」
何より、自分が自分でなくなったようだった。人と会うこと、旅行に出かけることが大好きだったが、車いすはどこにいても目立ってしまう。「道を渡っている時も、駅を利用する時も、常に監視されているような恐怖に陥った」。外出を控え、引っ越し、隠れるように暮らすようになった。
加害者の特定、容易にするための法整備必要
伊是名さんの手元には、ネットの書き込みを調査・分析した専門機関の報告書がある。
「Twitter」(現・X)「Yahoo!ニュースのコメント欄」「5ちゃんねる」「Youtube」など六つのサービスで収集した結果、3カ月で約80万件が書き込まれたことが分かった。大半が批判や非難、誹謗(ひぼう)中傷だった。
例えば、13万件以上のコメントがあった「Twitter」では、擁護するコメントが8%だったのに対し、批判21%、非難30%、誹謗8%。家族に触れた内容は1500件を超えた。
「5ちゃんねる」にいたっては、性的嫌がらせも含まれていた。「カタワ」「奇形」「害虫」「障害者は施設から出るな」など、差別的言動(ヘイトスピーチ)も多数あった。
ヘイトスピーチの問題に詳しい師岡康子弁護士は「障害者基本法には差別禁止条項もあり、投稿者に損害賠償訴訟を起こした場合、一般的な侮辱でなく、差別による人格権侵害が認められる可能性は十分にある」と指摘する。
今年1月、先天的な骨格の形成異常で歩行困難になった重度障害の男性がネット上の差別投稿で名誉を傷つけられたとして、投稿者に損害賠償を求めた訴訟の判決で、前橋地裁は「障害者を差別するヘイトスピーチに該当する」と認定し、60万円の支払いを命じた。
ただ救済を求めて被害者が提訴し、判決を得るまでには相当な時間や労力、費用を要する。師岡弁護士は「ネット上のヘイトスピーチを迅速に削除し、加害者の特定を容易にするための法整備が必要。差別犯罪を扇動する悪質なヘイトスピーチは刑事規制して止めないと危険だ」と強調する。
投稿から3年、いまだ削除されず
ネット上では伊是名さんを擁護する声も上がり、伊是名さんの訴えたことは障害者差別解消法に照らして正当だとの記事も複数配信された。
だが憎悪の渦は、こうした意見をものみ込んだ。悪質な書き込みやヘイトスピーチは、ブログ投稿から3年以上たった今も削除されないばかりか続いている。
「障害者なんていなくなればいい」「障害者は不幸しかつくらない」。津久井やまゆり園事件を起こした植松死刑囚の言葉は自らへの差別的言動と重なる。
伊是名さんは言う。
「津久井やまゆり園事件と私へのバッシングの根底は同じだと思う。命に優劣をつけ、障害者は劣った存在だと決めつける。優生思想はこうも繰り返されるのかと、恐怖と怒りがこみ上げてきた」(松島 佳子)
おことわり 記事には差別的な文言がありますが、そのまま報道します。差別の実態を共有し、あらゆる差別を許さない社会をつくっていく一助にするためです。
やまゆり園事件8年 差別の構造を考える
SNS上の攻撃なぜ起きた 当然のはずが…障害者の社会参加、多すぎる障壁
社会 | 神奈川新聞 | 2024年7月25日(木) 05:00
2016年7月26日に神奈川県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で入所者ら45人が殺傷された事件から8年。障害者に対する差別やヘイトスピーチはいまだ横行している。社会構造に基づく差別の実態を追った。
生まれつき骨が折れやすい障害があり、車いすで生活するコラムニスト伊是名夏子さん(42)は、JRに乗車拒否された経験をブログに投稿し、インターネット上で誹謗(ひぼう)中傷を受けた。書き込みは3カ月で約80万件に上り、障害者に対する差別的言動(ヘイトスピーチ)も散見された。
伊是名さんは「障害のある人が抱える問題は社会構造が故のことが多い。それを解消するために、1人でも多くの人に一緒に考えてほしいとブログで書いた。しかし、違う方向に取られてしまった」と振り返る。
公共交通機関や公共施設を利用する際、障害者がサポートや合理的配慮を求めると、「わがまま」「クレーマー」などと非難されるケースは少なくない。
当たり前のことだが、公共交通機関は誰もが利用できるものでなければならない。車いすの乗車を拒むことは、障害者差別解消法の「不当な差別的取り扱い」に該当する。同法の根底には、日本も批准した国連の障害者権利条約がある。
それにもかかわらず、法律や条約を無視した攻撃がなされるのはなぜか。
「前提として、日本社会はあらゆる物事が『非障害者仕様』になっており、障害者が参加するにはあまりにも障壁が多い」
障害者運動を研究する二松学舎大学の荒井裕樹教授は指摘し、続ける。
「非障害者仕様の社会では無意識のうちに『障害のない人が社会の主で、そこに障害者という客人を迎え入れてあげる』という構図になる。この構図では『郷に入りたければ郷に従え。従っても対等な仲間とは認めない』という考えになりがちだ」
語り継がれる「川崎バス闘争」
障害者運動の長い歴史の中で、語り継がれる闘いがある。1976~77年に起きた「川崎バス闘争」だ。
川崎市内の路線バスで、障害者が車いすでの乗車を拒否された。身体障害がある脳性まひ当事者らの団体「青い芝の会」は、川崎駅前でバスを占拠するなど抗議行動を展開。車いす利用者も無条件で乗車できるよう、バスの構造や規則を変えてほしいと訴えた。
78年、運輸省(現・国土交通省)は車いすの取り扱い基準を公表。だが、その中身は▽介護人を同伴させる▽乗降口が狭いバスは車いすを折りたたむ─など制約を課すものだった。
荒井教授は「国の基準は『乗務員や他の乗客の迷惑にならない範囲でのみ、障害者もバスに乗ってよい』という恩恵を施す慈善的態度に過ぎなかった」と批判。「誰かに制約を求める価値観は必ずエスカレートする」と警鐘を鳴らす。
実際、伊是名さんへのバッシングの中には「迷惑をかけるな」「(駅員への)感謝がない」といったものがあった。
発想の転換こそ必要
「青い芝の会」の会長を務めた故・横塚晃一氏は川崎バス闘争について、著書でこう書き記している。
「車いすの障害者を乗せるか乗せないか、どうやったら乗せられるかが問題ではない。車いすの障害者が当然乗るものという発想の転換こそが必要なのだ」(「母よ!殺すな」)
今年4月、改正障害者差別解消法が施行され、障害者への「合理的配慮」が民間事業者にも義務づけられた。荒井教授は「合理的配慮」の意味を「その人がその場に参加するために必要な環境調整」と説明し、こう呼びかける。
「障害者に恩恵や施しなどから優しくするのではなく『どうしたら今ある障壁を除去し、誰もが参加できる社会を実現できるか』といった発想の転換が求められている」(松島 佳子)
やまゆり園事件8年 差別の構造を考える
SNS上の攻撃なぜ起きた 特権に無自覚、変わるべきはマジョリティー
社会 | 神奈川新聞 | 2024年7月27日(土) 05:00
2016年7月26日に神奈川県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で入所者ら45人が殺傷された事件から8年。障害者に対する差別やヘイトスピーチはいまだ横行している。社会構造に基づく差別の実態を追った。
生まれつき骨の弱い障害があり、車いすで生活する伊是名夏子さん(42)へのインターネット上の書き込みは、不平等な社会構造を問題視するのではなく「自助努力すべきだ」など自己責任を問う論調が目立った。
差別の心理を研究する上智大学の出口真紀子教授は「前提として、日本社会は個人の尊厳や人権よりも、集団の調和を重視する風潮が強い。異を唱える人を攻撃する傾向もある」と指摘し、続ける。
「特権を持つ側の人々は『自分自身が優遇されている』『自分たちに既に多くの配慮がなされている』という感覚がないため、マイノリティーが生きづらさを訴えると『わがまま』『特別扱いを要求しているトラブルメーカー』というレッテルを貼ってしまう。マイノリティー自身の資質を攻撃し、根底にある社会の構造を変えるべきだという発想につながらない」
特権を例えるなら自動ドア
特権とは何か。
出口教授は「あるマジョリティー側の社会集団に属していることで、労なくして得ることができる優位性」と説明する。
自分の特権や優位性は、▽人種・民族▽身体・精神▽出生時に割り当てられた性別─などの項目(属性)がマジョリティー、マイノリティーのどちらに該当するかを確認すると、浮かび上がってくる。出口教授は8項目のチェック表を示すが、これはあくまで一例で、社会にはこうした項目が無数にあるという。
ここでのマジョリティーは数の多さではなく、より多くの権力にアクセスしやすい側に位置することを示し、マイノリティーは権力へのアクセスからより遠い立場にあることを示す。
「特権を例えるなら自動ドア。マジョリティーが前に進もうとしたとき、次々にドアが開く仕組みになっている。でも、マイノリティーの属性にある人には開かないことが多々ある」
出口教授は、特権は日常の何げないところに多く存在すると語る。例えば地下鉄に乗る場合、健常者は自分にとって便利な最寄りの出入り口を利用できるが、車いすユーザーはエレベーターのある出入り口が最も遠い所にあっても、そこに移動しなければ地下鉄を利用できない。
「健常者は余分なエネルギーを使うことも、時間ロスもない。特権とは、何か特別に与えられるだけでなく、余計な労力を強いられなくて済むというものでもある」
行動起こすことが社会変える力に
構造的な差別をなくすにはどうしたらいいのか。
出口教授は言う。
「『自分は差別なんかしていない』と思っているマジョリティーが、実は目に見えないげたを履かせてもらっていることをまず自覚することが大切。特権の自覚がないままだと、『かわいそう』なマイノリティーを助けてあげるという上から目線のままで、結局は差別の問題が自分事にならないまま終わってしまう」
伊是名さんに対するネット上の書き込みには、伊是名さんを擁護するコメントもあった。
≪公共交通機関なんだし、障害者でも自由に移動できるようにバリアフリー化を進めるべき。それをたたくのはおかしい≫
≪健常者が電車に乗る前にいちいち連絡を入れる?乗るたびに駅員さんにありがとうって感謝する?しないでしょ≫
交流サイト(SNS)上では「#伊是名夏子さんを支持します」というハッシュタグも生まれた。
マジョリティーの一員がマイノリティーへの差別に抗議し、行動を起こすことが社会を変える大きな力になる。
出口教授は訴える。
「こうした人が一人でも増えることで、誰もが声を上げやすくなる社会が実現できる。変わるべきは特権のあるマジョリティーの側だ」(松島 佳子)
おことわり 記事には差別的な文言がありますが、そのまま報道します。差別の実態を共有し、あらゆる差別を許さない社会をつくっていく一助にするためです。
2016年7月26日に神奈川県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で入所者ら45人が殺傷された事件から8年。障害者に対する差別やヘイトスピーチはいまだ横行している。社会構造に基づく差別の実態を追った。
「私も、自ら命を絶ってしまうかもしれない」
生まれつき骨が折れやすい障害があり、車いすで生活するコラムニスト伊是名夏子さん(42)は、あるニュースに言葉を失った。
2023年7月12日。タレントのryuchell(りゅうちぇる)さんが亡くなった。27歳。自殺とみられるが、理由は定かではないと伝えられた。
その前年、「夫婦」ではなく「人生のパートナー」として共に歩んでいくとして離婚を公表。亡くなる半年前には、母親に「男性が好き」とカミングアウトした高校時代について語る動画を投稿した。
交流サイト(SNS)上には、誹謗(ひぼう)や非難、性的少数者に対する差別的言動(ヘイトスピーチ)が大量に書き込まれた。
「りゅうちぇるはいつもポジティブなメッセージを発信し続けてくれた。でもその裏で、ひどい言葉の暴力に遭っていた。許せないし、つら過ぎた」
怒りと同時に、恐怖が込み上げてきた。自身も21年4月のブログ投稿以来、ネット上のヘイトスピーチの被害に遭い続けている。
「オンラインの攻撃から始まったとしても、たとえ愛する人たちがいても、被害者は何かの弾みで死を選択してしまうかもしれない。『私も、もしかしたら』と怖くなった。差別は命を奪う。だからこそ、差別に怒ることは大切」
差別や暴力に対し、声明を出さない為政者たち
「殺すな」
身体障害がある脳性まひ当事者らの団体「青い芝の会」が、1970年代に反差別運動を展開する中で用いたフレーズだ。そこには「人間として生きることを認めてほしい」「障害者も社会の中で共に生きている」というメッセージが込められていた。
それから半世紀。障害者運動を研究する二松学舎大学の荒井裕樹教授は危機感を持つ。「障害者たちが叫んだ『殺すな』が、今や多くの人に共通する叫びになってしまっている」
ネット上には、障害者だけでなく、在日外国人や性的少数者らに対する憎悪表現があふれている。一部はネット空間を越え、親子連れが行き交う街中でもまき散らされている。
荒井教授は指摘する。「問題なのは、差別や暴力に対し、この国の為政者たちが声明を出さないことだ」
津久井やまゆり園事件では、元職員の植松聖死刑囚が衆院議長宛に犯行予告とも受け取れる手紙を送り、その中で、内閣総理大臣に親愛めいた言葉もつづっていた。
だが、立法府の長も行政府の長も差別や優生思想を真正面から批判せず、国民の代表が集まる国会も非難決議すら採択しなかった。
荒井教授は語気を強める。「為政者が差別や暴力に対するメッセージを出さないということは、社会のあるべき姿について何も示さないということだ。人の命や尊厳があまりにも軽視されている」
「深い悲しみとして刻まれ、トラウマとして残る」
差別は命を、尊厳を奪う。ネット上の憎悪は実社会へとつながり、生身の人間に牙をむく。
伊是名さんには、トラウマ(心的外傷)がいくつもある。
街中で人の顔を見られないのは、好奇や軽蔑の視線にさらされ続けてきたから。レストランを予約する際に名乗るのをためらうのは、また攻撃されるのではと恐怖に思うから。
「差別を受けた体験は深い悲しみとして刻まれ、トラウマとして残る。それでも私は、障害者も女性もやめられない」
伊是名さんは言葉を継ぐ。
「本当は怒りたくない。でも差別を生む社会構造や優生思想には、怒ることも大切。障害のある人とない人を分けようとする社会に怒る。怒りの奥には深い悲しみがある。だから怒りは生き延びる大切な手段。共に怒り、共に生きる社会を目指したい」
(松島 佳子)
=おわり
おことわり 記事には差別的な文言がありますが、そのまま報道します。差別の実態を共有し、あらゆる差別を許さない社会をつくっていく一助にするためです。
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最後に「照明灯」というコラム紹介。
こんなコラムの連載があること、知らなかったし、
柔らかい光が差し込む船内に、穏やかな時間が流れている。油絵を描いたり、ダンスを踊ったり、映画を見て語り合ったり…。自由で創造的な活動を通じて自分を見つめ、他者と触れ合い、社会とのつながりを実感していく
▼フランス・パリのセーヌ川に浮かぶ木造の船は、精神疾患のある人々が通うデイケアセンター。ここでの日常を追ったドキュメンタリー「アダマン号に乗って」は、生きる喜びをかみしめる利用者の内面に潜む苦悩や葛藤も映し出している
▼「僕らの表情が人と違うせいなのか、好奇の目にさらされるのがつらい」。人生を肯定できる毎日でも、船外で痛感するのは疎外感と差別のまなざし。パリ五輪が開幕し、世界中の視線が集まる河畔で何を感じているだろう
▼五輪の歴史は人権問題と共にあり、人種、宗教、性別などいかなる差別も許さず多様性と調和を追求してきた。スポーツに限らず共有すべき理想なのに、世の中には偏見があふれ不寛容がまん延している
▼アダマンに集う人々に、スタッフは優しく語りかける。「みなさんには存在したいという欲求がある。それが大切だと思う」。生きる価値がない命などない。祝祭に沸くこの夏も、忘れずにいたい。きょう津久井やまゆり園事件から8年。
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https://www.kanaloco.jp/limited/node/1098806
厚木市の県立知的障害者施設「愛名やまゆり園」で、職員による入所者への虐待が相次いでいる。昨年11月には職員(当時)が傷害容疑で逮捕され、指定管理者の社会福祉法人「かながわ共同会」は抜本的な対策を講じるために第三者調査委員会を設けた。
共同会の山下康理事長は神奈川新聞社の取材に応じ、「第三者委や専門家など外部の力を借りて組織を立て直す」と述べた。(聞き手・成田 洋樹)
-園の課題と対策は。
「行動障害のある人に即した支援をする上での高度な専門性が欠如しており、専門家の助言を得ながら支援の質を上げる。現場の課題が組織内のパイプ詰まりで共有されなかったため、意思疎通を図る」
-園では2019年度にも虐待事案が起きている。
「再発防止として掲げた個々に応じた支援が、不十分だった。虐待防止研修が形骸化している側面もあった。利用者がけがをした際の状況確認も不十分で、逮捕まで虐待に気付けなかった。確認を徹底する」
-県立障害者入所施設を検証した県の有識者組織が21年にまとめた報告書では、この虐待事案も課題として指摘された。それでも虐待が続いたのはなぜか。
「指摘されているという危機感を、職員に浸透させられていなかった」
-逮捕・起訴された元職員は公判で、勤務していた生活寮で虐待が常態化していたと証言した。
「4月に設置した第三者委に調査を委ねており、8月に中間報告が出る予定」
-指定管理者の「津久井やまゆり園」は8年前の殺傷事件を機に、本人の望む暮らしの実現に向けて意思を丁寧に確認する「意思決定支援」を行っている。愛名やまゆり園の状況は。
「取り組み事例はいくつかあったが、組織的なものにまでなっていなかった。津久井やまゆり園で経験した職員を担当者として配置しており、底上げする。身体拘束も依然あり、廃止に取り組む」
-津久井やまゆり園職員だった植松聖死刑囚の犯行動機について、横浜地裁は20年3月の判決で「施設勤務経験を基礎として形成された」と認定した。現時点での受け止めは。
「県の有識者組織から身体拘束の対応に問題があったと指摘されており、不適切な支援があったことは認めざるを得ないが、事件と結び付いているとは考えていない。本人特有のパーソナリティーの問題が大きい」
-支援の課題に向き合うよりも死刑囚特有の問題に重きを置いて事件を捉えてきたことが、愛名やまゆり園での虐待につながっていないか。
「改善への取り組みが不十分だったことが、今の状況につながっているとは思う。津久井やまゆり園と同様に共同会が運営する施設が、虐待で県から処分を受けるまでの状況になったことを重く受け止め、再生を図る」
愛名やまゆり園虐待事件
入所者に暴行し重傷を負わせたとして、職員(当時)が昨年11月、傷害容疑で逮捕され、同12月に起訴された。後にこの入所者と他の入所者2人に対する虐待3件も発覚し、暴行罪で追起訴された。
横浜地裁小田原支部での公判によると、職員は2021年春から、強度行動障害のある人が多い生活寮で勤務。被告人質問で「行動障害がある人への知識や対応力が不足していた」と説明する一方、虐待が常態化した職場の影響を受け、同年秋には入所者に暴力を振るうようになったと述べた。今年8月2日に判決が言い渡される。
園の虐待事案を巡っては、昨年12月にも別の職員による虐待が起きた。
県は今年4月、園の対策が停滞しているとして、新規入所受け入れを6カ月間停止するという異例の行政処分を下した。
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厚木市の県立知的障害者施設「愛名やまゆり園」で入所者3人に暴行し、うち1人に重傷を負わせたとして、傷害罪などに問われた元職員の被告(38)の判決公判で、横浜地裁小田原支部(内山慎子裁判官)は2日、懲役2年、執行猶予4年(求刑懲役2年)を言い渡した。
内山裁判官は判決理由で、「他者に窮状を訴えることが困難な入所者に、生活を支援すべき職員が犯行に及んでおり、卑劣で悪質」と指摘。職場で虐待が常態化していた影響で暴力を振るうようになったとの被告の主張については、「そうした職員の大半は異動し、犯行時には職員の不適切行為はあまり見なくなったと被告自身が述べており、酌量の余地は乏しい。入所者が思うように行動しないことへの怒りなどから短絡的に犯行に及んだものであり、常習性も認められる」と断じた。
その一方で、重度知的障害児・者施設での勤務経験がある被告の両親と支援の振り返りを行うなど内省を深めているなどとして執行を猶予した。
判決言い渡し後、内山裁判官は重度知的障害者の支援現場に関わった経験を挙げ、「被告がとりわけ未熟だったとは考えていない。(職場での虐待に)慣れてしまうことにならないための体制づくりが必要。とはいえ、支援者には強い倫理観が求められ、犯行に及んだのは被告の弱さと断じるしかない」と説諭した。
判決などによると、被告は昨年11月に入所者の男性(29)を暴行で骨折させたほか、それ以前の同5月にも同じ男性、同6月に男性入所者(54)、同10月に男性入所者(30)にそれぞれ暴行を加えた。
共同会「支援や組織改善に努める」
園を指定管理者として運営する社会福祉法人「かながわ共同会」の山下康理事長は判決公判を傍聴後に取材に応じ、「判決を真摯(しんし)に受け止め、支援や組織の改善に努める」と述べた。
公判では、被告は2021年春から強度行動障害のある人が多い生活寮で勤務していたが、「知識や対応力が不足していた」と述べた。職場で虐待が横行していても先輩職員による口止めで園幹部に報告できなかったとも証言するなど、職員養成や職場環境の課題が浮き彫りになっており、山下氏は法人の責任と認め改善に努めるとした。職場での虐待の有無については第三者委員会で調べている。
また、黒岩祐治知事は判決について「当事者目線の障害福祉の実現を目指す中、大変重く受け止めている。再発防止に取り組む」との談話を出した。(成田 洋樹、松尾 拓)
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