『食べものから学ぶ現代社会──私たちを動かす資本主義のカラクリ 』メモ
『食べものから学ぶ現代社会
──私たちを動かす資本主義のカラクリ 』
(岩波ジュニア新書 980)
平賀 緑 著 2024/01/19刊行
岩波のサイト https://www.iwanami.co.jp/book/b638607.html での「この本の内容」と「目次」
この本の内容
豊かなはずの世界で「生きづらい」のは、経済学の考え方と私たちのリアルがずれているからかもしれない。古い呪文に囚われず、食べものから、現代社会のグローバル化、巨大企業、金融化、技術革新を読み解いてみよう。私たちを動かす資本主義のカラクリが見えたら、地に足をつけた力強い一歩を踏み出せるだろうから。
目次
はじめに
今の世の中、なんで??……と思ったら
食べものから現代社会を考える
この本の読み方
序章 資本主義経済のロジックを考える
〜セオリーとリアルのズレ
経済モデルと現実の世界とは違う
使うためのモノと売るためのモノは違ってくる
「使える」価値より「売れる」価値
売らなくては儲からない、売り続けなくては成長できない
需要は供給側が促し、取引はマネーゲーム化している
資本主義的食料システム
1章 小麦を「主食」にした政治経済の歴史
ウクライナ戦争によって世界が飢える!?
食べものから、売って儲ける「商品」へ
小麦を大量生産・大量消費するとは
近代日本に輸入された「メリケン粉」
売り続けなくては成長できない
小麦の価格も「金融商品」に
2章 現代社会のグローバル化
〜「比較優位」とは思えないモノカネの動き
グローバリゼーションと貿易拡大の背景
「肥満を促す食環境」も輸出する 米国→メキシコの話
アグリフード・グローバル・バリュー・チェーンの発展
食品も「Assembled in Japan(日本で組み立て)」?
輸入品はなぜ安い?
食や農も組み込まれているタックスヘイブンの世界
なぜタックスヘイブンを理解することが重要なのか
3章 現代社会の巨大企業
〜「完全競争市場」なんてどこに?
貿易の主体は企業
巨大化するアグリフードビジネス
日本のアグリビジネスと食料自給率
輸入原料を多用する食品製造業における企業集中
現在の総合商社と大手食品企業群
巨大企業が求めた、原料の大量調達と商品の大量販売
大きいことは良いことか?
4章 現代社会の「金融化」
〜「潤滑油」というよりギャンブラー
「金融」「金融化」とは
食べものも農地も金融商品に
すべての取引がマネーゲームに
なぜ、これほど金融中心の世界になったのか(背景)
現在の「資本家」とは誰のこと?
金融本来の機能を取り戻す
5章 現代社会の技術革新とデジタル化
〜イノベーションで世界を救う?
イノベーションは誰のため?
投資や投機は新しい技術を求める
ビッグデータを握るのは誰?
技術と人と自然と
おわりに
現在の経済学の課題は、成長より「格差」
資本主義経済が削ってきたもの
小さく、分散して、自主的に動き始める
注
あとがき
以下メモ
おいしい未来をつくる読書会 #4の課題図書として読んだというか、かなり読み飛ばした。
・「この本の内容」にあるように、メインストリームの経済学が「世界の歪み」をあたかも必然のように装い、世界の「生きづらさ」というか、1億人もの人が飢えて、生きていけないような世界を作り出すことに大きな役割を果たしているのだと思う。
・現在の資本主義が大きな矛盾を生み出しているのだということがとてもわかりやすく書かれている。そして、この方向に向かうべきだという示唆もある。ひとり一人が生活するうえで気を付けなければならないことも書かれている。 ただ、問題はどうすれば、メインストリームの資本主義を違う方向へ向けることができるのか、だと思う。次回作も含めた三部作になるとのことだったので、次回作も楽しみ。
・最初に「おにぎり一つ」が世界の政治と経済に繋がっている実例が示され、平賀さんは以下のように書く。「このようにおにぎり1つから、みなさんは世界の政治と経済に繋がっているのです。その現代社会のカラクリを食べものから読み解こうとするのがこの本の目的です」(ⅳ頁)
・そう、資本主義の歪んだ仕組みを、こんな風に食べものを例に、わかりやすく(高校生にもわかるように)解説する本を岩波ジュニア新書で出ることの意味は小さくないと思う。多くの人にこの歪んだ社会の仕組みについて知って欲しい。そして、それを知った人たちが、何か行動したいと思えるような枠組みを作ることが、社会運動に求められているのだと思う。 状況はとても悲観的という以上に絶望的な感さえある。しかし、絶望してあきらめてしまったら、そこで喜ぶのは、この歪んだ社会を支配している、今のメインストリームで甘い汁を吸っている人たち
・この歪んだ社会、気候変動が修復可能な時期に、こうあって欲しいという方向に変えることができるかどうか、確かに難しいとは思う、しかし希望がないわけではない。レベッカ・ソルニットはこんな風にいう。「希望はソファに座って宝くじを握りしめながら幸運を願うこととは違う…。希望とは非常時にあなたがドアを破るための斧であり、希望はあなたを戸外に引きずり出す… 希望は、単にもうひとつの世界は可能かもしれないということにすぎず、そこには約束も保証もない。希望は行動を求める。希望がなければ行動はできない」
・上記はレベッカ・ソルニット著『暗闇のなかの希望 増補改訂版——語られない歴史、手つかずの可能性』(ちくま文庫)から。
読書メモ https://tu-ta.seesaa.net/article/504146959.html
希望について、こんな風にも書いてある。
「希望は、私たちは何が起きるのかを知らないということ、不確かさの広大な領域にこそ行動の余地があるという前提の中にある。・・・ 希望とは未知や不可知のものを受け容れることであって、確信的な楽観主義や悲観主義とは違う」
・読書会で著者に「経済発展」について質問。序章で著者は「人々の生活を向上させるために経済発展も必要です」と書きつつ、「それが誰一人取り残さず幸せになることには必ずしもならない」という。平賀さんにその「経済発展」とは何かを聞いたところ、それはGDPが増えることではないとのこと。
・そう、人びとが飢えないだけの食料はあり、輸送のための車両などのシステムはある。しかし、それを飢えた人のために使うという政治的な意思がないだけ。 SDGsを推進する企業、「この商品はグリーンだったり、エコだったりするので買ってください」という。「自社の商品を買う量を減らしてください」という企業はない。一番重要なのはリサイクルやリユースよりも、リデュース(減らすこと)なのに。と著者(18頁)。 こんないんちきなSDGsが大手を振っている現実のなかで、斎藤幸平さんは「SDGsはアヘンだ」といったのだと思う。
・76~77頁では、マネー・キャピタリズムなどが、格差の拡大を生み、富が貧しい人から豊かな人へ流れ、「世界がますますタックスヘヴン化しているらしい」として、地球の自然環境保護や農村の維持や子育て・教育、保健やケア などの社会保障のためのお金を圧迫し【「合法的な節税」による税収ロスによって正しい富の配分機会が奪われている】という指摘がある。
・メインストリームの経済学によれば、人々を豊かにするはずだった「自由で公正な貿易の発展」、そんな【上辺の言葉に惑わされず、実際には生産者や消費者の理解や努力だけでは太刀打ちできなカラクリもあることも認識し、そこから問題に取り組みことが重要】というのが【2章 現代社会のグローバル化】の結語となる。
・金融が【「潤滑油」というよりギャンブラー】になっているという金融化の問題を指摘するという4章の指摘はとても重要だと思った。しかし、肥大化しすぎた金融化を具体的にどう規制すべきか、金融をあるべき「潤滑油」レベルに引き戻すためにどうしたらいいか、「潤滑油」レベルの金融がどのような役割を果たすべきなのかが課題となる。その具体的な処方については、1933年のルーズベルトによる政策が少し紹介してあるがそれだけだったと思う。トービン税はその処方と考えられると思うがその導入は世界で現在どうなっているのだろう。ちなみにこの本にはトービン税のことは書いてなかったような気がするが、斜め読みなので読み飛ばしているかも。
・この4章の127頁に、金融の問題をわかりやすくまとめた教材として、PARCで出したDVD『どこに行ってる、私のお金? ーー世界をめぐるお金の流れと私たちの選択』があり、ここでは私たちの預金や年金が、世界の環境や人びととどう繋がっているのか描かれていると、と紹介されている。
・「おわりに」の冒頭(161頁)に18か国の8000人超の学生に聞いたところ、経済学が取り組むべきもっとも重要な課題は何かと問うたところ「不平等」(格差)が筆頭だったとのこと。課題は発展・開発ではなく、「不平等」(格差)という時代になっているということを若い学生たちはちゃんと意識しているということだと思う。はたして、メインストリームの経済学者たちはどう考えているのだろう?
・168頁の小見出し「小さく分散して、自主的に動き始める」
ここで資本主義経済のコアが端的に説明されていると感じた。
資本主義経済において、(中略)追求する利潤や経済成長を、「お金」で計算できる部分を増やすこと、市場で売ることができる「交換価値」を高めることに限るわけですから、そのために人も自然も搾り取られて壊されて当然でしょう。
そして、じゃあ、どうするのかという話で平賀さんは「自分が主体的に動くこと」「自分からまずは小さく、考え動き始めるとこ」と書く。(171頁)
大きく動きたいと思うけれども、一人だけで大きく動くことはできない。だから動かないというのではなく、やはり平賀さんが書いているように「まずは小さく、考え動き始めるとこ」しかないのだと思う。ただ、そこでよしとせず、メインストリームを動かすために何が必要なのか、何が効果的なのかというようなことも意識し続けることも必要だと思う。
そして、173頁では以下のように書かれている。
現代資本主義経済が求める「ちょっと賢い消費者」に留まっていては、どんな技術が開発されてもどんな政府になっても明るい未来は望めないと思います。地域や環境にも貢献できる有用性を作り出すことは、自分の主体性、英語で言う「agency」を強めることに繋がるのですから。個々人が自主性を持ってこそ、他の人とも繋がって、共に考え共に動き始める、民主的な「コモン」を築くことができるのですから。
確かにそうだと思う半面、「agency」になることが難しい人たちもいると思う。できるだけたくさんの人が「agency」になりうるための環境を整えることで、いまよりそれは格段に増えるとは思うし、人それぞれの「agency」としてのあり方はあるとは思う。しかし、誰もが、【個々人が自主性を持ってこそ、他の人とも繋がって、共に考え共に動き始める】というようなことが出来るようになるとは思えない。そうできない人たちを置いてきぼりにしないというようなあり方もまた求められているのだと思う。
・いろんな人に読んで欲しいいい本だと思った。ただ、じゃあどうするというところで、「自分が主体的に動くこと」「自分からまずは小さく、考え動き始めるとこ」という。確かにそうするしかない現実はある。しかし、メインストリームを変えなければ、どうしようもないような現実がある。どうすれば、人のいのちよりも「交換価値」が重視され、戦争や飢餓が絶えず、一部の金持ちだけがどんどん金をため込んでいく社会を変えていくことが出来るのか、そこに向けたロードマップをどのように作り、実現していくのか、そのような問いを、明確に浮かび上がらせてくれる本だった、ということも出来るかもしれない。
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