植民地主義の時代から現代に連なる「南北格差」の問題

2025年7月8日付の朝日新聞の記事

(交論)植民地統治「良い面も」? 平井健介さん、テッサ・モーリス=スズキさん
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16252002.html

この記事の中で、テッサさんは以下のように言います。

 ――「良いこと」とされているものの内実は、どうなっているのでしょう。

 「英国にせよ日本にせよ、帝国が植民地を統治するにあたって現地でインフラや教育・医療施設を整備した例は確かに見いだせます。しかし、整備したのは植民地からの収奪をより効率的に行うためであって、支配される側の人々の生活を向上させることが主な目的ではありませんでした」

 ――たとえ目的が帝国の利益のためであったとしても、現地の人々の側にも「少しは」良いことがあったはずだ、と主張する人もいるかもしれません。

 「歴史上の出来事には多くの場合、ある種の両義性があります。『悪い出来事』が『良い効果』を持った例が珍しくないのです」

 「たとえば第2次世界大戦という巨大な暴力行使である出来事にも、医療や科学技術が発展するなどの有益な側面はありました。しかし後者をいくら強調しようとも、暴力の問題を正当化することはできません」


また、以下も大切な指摘だと思いました。
 ――植民地主義を支えた「差別と排除の構造」は、21世紀の今も日本で生き続けているのですか。

 「朝鮮や中国の人々への差別意識はまだ社会に残存しています。北海道や沖縄のことも想起されるべきです。『蝦夷地』や琉球王国を日本に吸収していった歴史には、その後の台湾(1895年)や朝鮮(1910年)の併合につながる『植民地主義の走り』の側面があったと私は見ます」
 「日本社会の中には沖縄やアイヌの人々を見下す差別意識が強くあり、明治政府は両地域に住む人々を『日本人』と平等な存在であるとは見なさない形で吸収を進めました。沖縄に国内の米軍基地が集中している現状は、差別と排除の構造が過去のものになっていない事実を示しています」
 そして、それだけでなく、現在の移民の人たちに対する排除の言説も上記につながる話だと思うのです。
なぜ、グローバルサウスと呼ばれる南の国々から、移住してきて働く人が多いのか、過去の帝国主義と植民地の時代から続く、南北格差がそれを招いているのではないか。 今も存在している多くのグローバルサウスの国々の貧困に、北側の国々には責任はないのか? 

また、格差がある限り、北の国で働きたいという人が減ることはないのではないか? その格差をそのままにして、「移民を入れるな」というのは無理があるのではないか、仮に法的に規制を強化したら、人の動きがアンダーグラウンド化して、もっと劣悪な状況が生まれるのではないかと危惧します。


以下、まったく自分用のメモですが、記事全文は
https://docs.google.com/document/d/1dCyq9-oeNUMs1ZJjGztVpa0vkelYM4RCMA_f5qmDI9o/edit?tab=t.0
に保管

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